第一三共は4月9日、テキサス州東部地区連邦地方裁判所の陪審が、同社の抗がん剤 ENHERTU ®(トラスツズマブ デルクステカン)が Seagen Inc.の米国特許No.10,808,039('039 特許)を侵害しているとの評決を下したと発表した。
陪審員は'039特許の故意侵害があったと認定、陪審審理に至るまでの期間のSeagen社の損害額が41,820千ドルであると判断した。Seagen社は2024年の'039特許の期間満了までの売上に対するロイヤリティ支払い命令を出すよう、裁判所に求めている。
これについて、テキサス州東部地区連邦地方裁判所は7月20日 、Seagen社の主張を認める判決を下した。
他方、デラウェア州連邦地方裁判所へのSeagenを被告とした確認訴訟で裁判所は仲裁による解決を指示したが、第一三共は8月13日、仲裁廷が Seagenの主張を全面的に否定する判断を下した と発表した。
前者は第一三共がSeagenの'039 特許侵害を判断、後者は'039 特許侵害はないとの判断である。
本来、仲裁が最終の筈だが、Seagenは法的アクションを継続するとしている。
ーーー
本剤は、新規の薬物トポイソメラーゼI 阻害剤を、独自のリンカーを介して、HER2発現がん(乳がん、胃がん、非小細胞肺がん及び大腸がんなど)を対象とする抗HER2抗体に結合させた抗体薬物複合体(ADC)である。
がん細胞に発現している標的因子に結合する抗体を介して薬物をがん細胞へ直接届けることで、薬物の全身曝露を抑えつつがん細胞への攻撃力を高める。
トポイソメラーゼI 阻害剤は、癌細胞のDNAの2重らせん構造のうち1本を切断し、異常な細胞増殖を抑えることでがん細胞を殺す。
第一三共はこのADCについて、抗HER2抗体とリンカー、ペイロード(トポイソメラーゼI 阻害剤)のすべてを自社技術で構築した。
第一三共は、2008年7月からSeattle Genetics, Inc.(現在のSeagen)と抗体薬物複合体(「ADC」)の共同研究を実施したが、新薬開発の成果がでないとして2015年6月に関係を解消していた。
2019年にSeattle Geneticsから第一三共のADC品に関する特定の知的財産権の帰属を主張して異議の通知をうけた。しかし、ADCの共同研究は現在の第一三共のADC品とは全く異なるため、同社の主張は根拠がないと考えており、デラウェア州連邦地方裁判所に同社を被告として確認訴訟を提起した経緯がある。
2022/4/13 第一三共の抗がん剤に米連邦地裁で陪審が「特許侵害」の評決
本件については3つの案件が進行していた。
1) ENHERTU ®の Seagen Inc.の'039 特許侵害
裁判所の今回の判決は、今年4月8日の陪審評決を確認したものとなっている。ただ、第一三共の発表によると、陪審が故意侵害であると認定したにもかかわらず、同裁判所は、状況を総合的に判断し、損害賠償額を増額しなかったとしている。
裁判所は、2024年に期間満了を迎える'039特許の存続期間中の本剤の将来売上に対するロイヤルティ支払について、まだ判断してい ない。
第一三共は同日、「今回の判決及びSeagen社への損害賠償等に対し、引き続き当社の権利を守るべく判決後の申立て等のあらゆる法的措置を検討する」とのコメントを発表した。
2)第一三共側の'039 特許の無効の訴え
第一三共は2020年12月23日、'039特許が無効であるとして米国特許商標庁に同特許の有効性を審査する特許付与後レビュー(PGR:Post Grant Review)の開始を請求した。
米国特許商標庁は2022年4月7日に、PGRの開始を決定した。
しかし、米国特許商標庁は 本年7月、Seagenの再審理請求を認め、PGR手続きを進めないことを決定した。
当該決定は、米国特許商標庁が'039 特許の有効性について判断したものではない。
第一三共は、米国特許商標庁が、PGRを開始した後にSeagen社の再審理請求を認めたことに不服で、米国特許商標庁がPGR手続きを完了するよう、今後あらゆる法的手段等を検討するとしている。
3) デラウェア州連邦地方裁判所へのSeagenを被告とした確認訴訟
2019年にSeattle Genetics(現在のSeagen )から第一三共のADC品に関する特定の知的財産権の帰属を主張して異議の通知をうけた。しかし、ADCの共同研究は現在の第一三共のADC品とは全く異なるため、同社の主張は根拠がないと考えており、2019年11月にデラウェア州連邦地方裁判所に同社を被告として確認訴訟を提起した。
裁判所は仲裁による解決を指示、Seagenが同月に当該主張に関して米国仲裁協会 に仲裁を申立てた。
第一三共は8月13日、仲裁廷が Seagenの主張を全面的に否定する判断を下した と発表した。
仲裁判断により、Seagen の主張は退けられ、第一三共は係争対象となった ADC 技術に関する当該知的財産権をこれまでどおり保持し、今後も計画通りにADC 製品の開発および商業化を進めていくことにな るとしている。
これに対しSeagenは、仲裁判断には失望するが、法的アクションは継続すると述べた。
ーーー
現在、裁判所は第一三共がSeagen特許を侵害していると見做している。
特許商標庁は、第一三共が '039特許が無効であるとして同特許の有効性を審査する特許付与後レビューを進めないこととした。
仲裁廷は Seagenの主張を全面的に否定する判断を下した 。
裁判所が仲裁による解決を指示、Seagenが申し立てた仲裁で仲裁廷がSeagenの主張を全面的に否定する判断を下した のであれば、第一三共がSeagen特許を侵害していないこととなる。
Seagenが法的アクションは継続するとしているが、裁判所が仲裁による解決を指示した際に、仲裁が最終としていなかったのだろうか?
仲裁判断は、外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約(通称、ニューヨーク条約)により、160を超える締約国の裁判所を通じて、その国の裁判所の確定判決と同一の効力を有するものとして取り扱われ、その内容を強制執行することができます。
(JCAA 日本商事仲裁協定)
コメントする