韓国の朴振外相は3月6日、元徴用工問題の解決策を正式に発表した。韓国最高裁が日本企業に命じた賠償金の支払いを韓国の財団が肩代わりする。
骨子: ・ 韓国政府傘下の公益法人「日帝強制動員被害者支援財団」が原告に判決金相当の金額を支払う。
・ 係争中の訴訟も、原告の勝訴が確定した場合は財団から支給する。
・ 肩代わりの財源は民間の自発的貢献により調達
・ 原告に判決金の受け取りに理解・同意を求める努力を継続する。 ・ 歴史問題の真の解決に向けた研究と、未来世代に対する教育を強化 |
朴外相は「膠着した日韓関係をこれ以上放置せず、国益の次元で悪循環の輪を断ち切る」と話した。「これが最後の機会だと思う」と強調した。小渕恵三首相と金大中大統領による1998年の日韓共同宣言を「発展的に継承する」と言及した。
日本側には「日本政府の包括的な謝罪、日本企業の自発的な寄与で呼応することを期待する」と求めた。経団連と韓国の全国経済人連合会(全経連)による共同事業を念頭に「両国の経済界の自発的な寄与を検討中と聞いている。日本政府も反対しないという立場と理解している」と明らかにした。
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新日鉄住金(現・日本製鉄)と三菱重工業 とを相手取った3件が韓国最高裁で判決が確定している。
韓国大法院は2018年10月、日本製鉄強制徴用の被害者が出した損害賠償訴訟で日本製鉄の上告を棄却(原告の請求認容、当社敗訴)した。日本製鉄(旧新日鉄住金)に対し、戦時中に日本の工場に動員された4人の韓国の元労働者に1人あたり 1億ウオン(約1000万円)の賠償を命じたソウル高裁判決が確定した。
原告側は2019年1月と3月の2回にわたり、日本製鉄とPOSCOのJVのPOSCO-NIPPON STEEL RHF JV の株式9億7300万ウォン(約8700万円)相当を差し押さえた。
大邱地裁浦項支部は2021年12月30日、日本製鉄が韓国内に所有する資産、POSCOとの合弁会社「PNR」の株式の売却命令を出した。
韓国大法院は2018年11月29日、三菱重工業の上告を棄却し、同社に対し、第2次世界大戦中に同社の軍需工場で労働を強制された韓国人の元徴用工らに対する賠償支払いを命じる判決を下した。
1件は、元女子勤労挺身隊員の女性4人と親族1人に対し、それぞれ最大で1億5000万ウォン(約1500万円)の賠償を命じ た。この女性らは1944年、名古屋市にあった三菱重工の航空機製作工場で、無償労働を強制されたと話している。
もう1件の訴訟では、原告6人(うち生存者2人)にそれぞれ8000万ウォン(約800万円)の賠償支払いが命じられた。
韓国の大田地裁は2019年3月25日、三菱重工業の商標権2件と、三菱重工業が韓国国内に保有中の770件余りの特許権のうち 発電技術特許などの特許権6件の差し押さえを決定した。
韓国大法院は2022年8月にも三菱重工業が韓国国内にもつ資産の売却命令を確定させる予定であったが、(恐らく韓国政府の介入で)最終判断をしないまま、現在に至っている。
日本政府は、元徴用工問題は日韓請求権協定によって「請求権問題は完全かつ最終的に解決された」という立場で一貫している。
第一条 日本が韓国に対して無償3億ドル(生産物、役務を10年にわたり供給)、有償2億ドル(長期低利の貸付)を供与する。
第二条
1 両締約国は,両締約国及びその国民(法人を含む) の財産,権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が,1951年9月8日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条(a)に規定されたものを含めて,完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。 (中略)3 2の規定に従うことを条件として,一方の締約国及びその国民の財産,権利及び利益であつてこの協定の署名の日に他方の締約国の管轄の下にあるものに対する措置並びに一方の締約国及びその国民の他方の締約国及びその国民に対するすべての請求権であつて同日以前に生じた事由に基づくものに関しては,いかなる主張もすることができないものとする。
新日鉄住金(現・日本製鉄)と三菱重工業は、日本政府の見解をもとに、支払いに応じていない。
それに対し、大法院判決は「請求権協定は植民地支配の不法性を前提としていないから、不法性を前提とする損害賠償請求権は協定の対象外であり、成立する」という論理を展開している。
日本は、植民地支配の不法性を否定、大韓帝国は1910年8月の韓国併合条約によって大日本帝国に合法的に併合され、植民地となったとしてきた。
日本の外交上の立場と韓国司法の判断が相反し、関係悪化の要因となっていた。
なお、中国については状況が異なる。
三菱マテリアル(旧三菱鉱業)と中国人元労働者側の2016年6月の和解合意に基づき、「歴史・人権・平和」基金を通じて、2022年10月までに元労働者側の1290世帯に1億2900万元(約25億円)の「謝罪金」が支払われた。
サンフランシスコ平和条約では、連合国の日本への戦後補償請求権は放棄されることとなった。放棄された「請求権」の主体は個人も含む。しかし、当時、中華民国、中華人民共和国いずれを中国とするのか国際的に定まっていなかったため、中国(中華民国と中華人民共和国)は同会議に招請されず、上記放棄条項を批准していない。
中国については、1972年9月の日中共同声明で、「中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する」としているが、個人の請求権の扱いについては触れていない。
中国の強制連行被害者が西松建設を相手におこした裁判では、日本の最高裁が2007年4月、裁判上の個人の請求権は日中共同声明により失われたとしながらも、「個人の実体的な請求権までは消滅していない」と判断、「被害者らの苦痛は極めて大きく、西松建設を含む関係者に被害救済の努力が期待される」として日本政府や企業による被害の回復に向けた自主的解決の期待を表明した。その後、2010年4月に西松建設は被害者らと正式に和解、謝罪し、記念碑を建立、和解金を支払っている。
2022/11/30 三菱マテリアル、中国人元労働者側に「謝罪金」計25億円支払い
韓国の文在寅前政権は日本との交渉に動かず、現金化に向けた司法手続きが進んだ。日本側は現金化されれば国交正常化の前提が崩れ、関係修復が困難になると警鐘を鳴らしてきた。
尹錫悦現政権は2022年5月の発足後、日本との外交対立を避けながら補償を進める解決策づくりに取り組んだ。同年11月に岸田文雄首相と正式な首脳会談を3年ぶりに開き、早期解決で一致した。
韓国外務省は2023年1月、公開討論会で今回の案を有力案として示し、原告の説得を続けている。韓国政府は原告の納得を広げるため、一連の交渉の過程で日本に「誠意ある呼応」を求めた。過去の植民地支配や侵略に対する「反省とおわび」の表明や、日本企業による自発的な寄付を求めて交渉してきた。
林芳正外相は3月6日、韓国政府が発表した元徴用工問題の解決策について、「非常に厳しい状態にあった日韓関係を健全な関係に戻すものとして評価する」と述べた。
「日韓共同宣言を含めて歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継いでいる」と強調した。日本政府は資金を出さないものの、過去の政権が表明した「反省とおわび」を継承する 。
日本企業による自発的な寄付活動については「政府は特段の立場を取らない」と語り、容認する姿勢を示した。 聯合ニュースによると、被告の日本企業が加盟する経団連と、韓国側のパートナーとなる全国経済人連合会(全経連)は共同で「未来青年基金」(仮称)を設立する予定で、基金は留学生への奨学金支給など若者世代の交流増進に活用されるという。
今回の韓国政府案で問題がすべて解決するかどうかは疑問である。
最大野党の「共に民主党」の代表は発表について、「外交史上最大の恥辱だ」と述べた。
被害者の支援団体と原告代理人は、「韓国の行政部が日本の加害企業の司法的な責任を免責するもの」と批判した。勝訴が確定した3件の訴訟の原告のうち、存命中の3人はいずれも解決策に反対しているという。 解決策に同意しない被害者は、被告の日本企業の韓国内資産を売却する現金化を引き続き進める方針を明らかにした。
日韓両政府が2015年に結んだ慰安婦合意では、日本が基金を設立して、「最終的かつ不可逆的な解決」で一致をみたが、元慰安婦の支援団体が反対したままで、前政権が合意の欠陥を訴え基金を解散した。
自民党の一部議員は、韓国側の解決策について、政府は反対の立場を取るべきだと主張している。敗訴した日本企業の賠償を韓国政府傘下の財団が肩代わりするのを受容すれば、日本政府は朝鮮半島の人々を強制労働させたという話に乗ることになるとしている。徴用はごく一部で、それ以外は応募して働いていたとしている。
日本政府は2019年7月、安全保障上の懸念が拭えないとして半導体材料3品目で輸出管理を強化。翌月には、貿易管理手続きを簡素化する「ホワイト国」から韓国を除外した。
2019/7/3 政府、半導体材料の対韓輸出規制を発表
これに対し、韓国は徴用工問題を巡る報復措置だと強く反発し、撤回を求めている。
岸田首相は3月6日午前の参院予算委員会で、韓国に対する半導体素材などの輸出規制について「労働者(元徴用工)問題とは別の議論だ。日韓当局間の政策対話が困難な状況になっている。韓国側に適切な対応を求めていく」と述べた。
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