官民ファンドの産業革新投資機構は、半導体素材大手のJSRを買収する方針を固めた。買収額は1兆円規模になる見込みで、株式の上場を廃止し、半導体事業への集中的な投資や事業再編をやりやすくし、国際的な競争力を高めるねらい。
機構がおよそ5000億円を出資するほか、みずほ銀行がおよそ4000億円を融資、優先株や劣後ローン計1000億円を複数の銀行が引受け、あわせて1兆円規模の資金を投じる。
JSRの株式時価総額は6740億円である。(208,400千株 6/23終値@3,234 )
なお、年度末の借入金が長短合計1,582億円ある。
海外を含めた競争当局の審査を経て、年内にもTOBを行って買収する方針で、手続きが順調に進めばJSRは来年中にも上場廃止となる見込み。
JSRは6月24日、本件について「検討していることは事実だが、本日現在決定している事実はない」とのコメントを発表した。26日に開く取締役会に付議する予定とした。
付記
JSRは6月26日、産業革新投資機構が自社にTOBを実施すると発表した。JSR株を100%取得する。JSRはTOBへの賛同方針を表明した。
価格は1株あたり4350円で総額9065.4億円となる。6月26日の終値は3934円だった。報道前の6/23終値の3,234円に対し34.5%のプレミアム。
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米国や欧州、韓国など世界主要国は半導体を戦略物資と位置づけ、開発・生産拠点の誘致に動く。半導体メーカーのサプライチェーン(供給網)が各地に分散するなか、素材メーカーの投資も増す。
バイデン大統領は2022年8月9日、国内半導体産業支援法「CHIPS法」案に署名し、同法が成立した。中核的要素は、半導体産業向けインセンティブ制度のCHIPSに527億ドルの予算を充当することにある。
2022/7/29 米議会、「CHIPS法」を可決
韓国政府は2021年5月13日、ソウル南方にあるサムスン電子の平沢事業所で「K(韓国型)半導体戦略」の報告会を開き、「総合半導体強国」の実現に向けた戦略を発表した。
半導体メモリだけではなくシステム半導体(非メモリであるシステムLSI 製造やファウンドリサービス)でも世界一を目指す。
2021/5/20 韓国、官民協力で「K半導体ベルト」構築
経産省は2022年11月11日、2020年代後半の次世代半導体の設計・製造基盤確立に向けた取組について公表した。次世代半導体は、量子・AIなど大きなイノベーションをもたらす中核技術で、海外の研究機関や産業界とも連携しながら、国内のアカデミアと産業界が一体となって取り組むことで、我が国全体の半導体関連産業の競争力強化を目指す。
トヨタなど国内8社は同日、先端半導体の国産化に向けた新会社Rapidusを共同で設立したことを発表した。
2022/11/14 次世代半導体の設計・製造基盤確立に向けた取組、先端半導体の国産化へ新会社
経済産業省が2023年6月に公表した国内の半導体産業などの強化に向けた新たな戦略(半導体・デジタル産業戦略)では、先端半導体の技術開発を加速させ2030年には国内の関連事業の売上を今の3倍程度の15兆円に拡大させる目標を掲げている。
売上高の増加目標
2030年に国内で半導体を生産する企業の合計売上高(半導体関連)として、15兆円超を実現し、我が国の半導体の安定的な供給を確保する。
JSRは「フォトレジスト」(詳細後記)では世界シェアがトップクラス。
フォトレジストはシリコンウエハーに回路パターンを転写する際に必要な液体樹脂で、半導体の製造に欠かせない。
素材メーカーが今後、直面するのが難易度が増す微細化への対応で、一段の微細化の実現には研究開発の資金が必要となる。
世界各国は半導体を戦略物資と位置づけ、技術や生産拠点の囲い競争が激しくなっている 。
JSRは 「現状の会社の規模では生き残れない」とし、これまで水面下で非上場化を検討してきた。JICの買収を受け入れる判断を後押ししたのは、半導体の競争環境の激変である。
機構はJSRの非上場化によって半導体事業への集中的な投資や事業再編をやりやすくし、国際的な競争力を高めるねらいがある。
豊富な資金力を背景に半導体素材分野で規模を追求したM&Aも実行に移せる。
限られた資金を株主還元でなく成長投資に集中させる狙いもあるとみられる。JSRの外国人保有比率は54%で、経営効率化に向けた外圧が強まっていた。
機構の傘下に入り、中長期の視点で腰を据えた改革が可能となる。
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JSRは旧称日本合成ゴムで、日本における合成ゴム事業育成のために1957年12月に「合成ゴム製造事業特別措置法」により設立された。合成ゴム事業は完全に創業の事業である。
設立12年後の1969年4月に「日本合成ゴム株式会社に関する臨時措置に関する法律を廃止する法律」が第61国会で可決成立、即日公布施行、純民間会社となった。 略称はJSR(=Japan Synthetic Rubber Co.,Ltd.)である。
今回、政府系ファンドの産業革新投資機構(JIC)の傘下に入ると、約55年ぶりに「国策会社」に回帰する ことになる。
1979年に フォトレジスト、1988年に液晶ディスプレイ材料を発売するなど、多角化を進めたが、創立40周年を期に1997年、現在の社名であるJSR㈱ に変更した。
社名から「合成ゴム」を外し、化学技術をベースにしたエクセレントカンパニーでありたいという意志を表現したとした。
JSRは2021年5月11日、合成ゴム事業をENEOSに売却することを発表した。合わせて韓国のEPDM製造販売のJVの錦湖ポリケムをJV相手のKumho Petrochemicalに譲渡すると発表した。
エラストマー事業全体の公正価値評価を実施して減損損失を認識、2021年3月期に772億円を減損損失として計上した。
2022年4月1日、ENEOSによる買収が完了、 ENEOSマテリアルが事業を開始した。
2021/5/13 JSR、合成ゴム事業をENEOSに売却、韓国の合成ゴムJVも相手先に売却
他方でJSRは2021年9月17日、米国の次世代EUV用メタルレジストメーカーであるInpriaの79%分の株式を追加取得し、従来取得済みの21%と合わせて完全子会社化することを発表した。
JSRでは、高感度汎用品から超高解像度品まで、g線、i線、KrF、ArF、EUVなどの様々な波長の光源に対応した、高性能なフォトレジストを取り揃えている。現在、JSRはこれらの製品においてグローバルシェアトップクラスで、世界中の半導体製造には、JSRのフォトレジストが幅広く使用されている。
半導体製造に使用される最先端リソグラフィー工程では、EUV技術の活用が広がっている。今後の半導体製造においては、3nm、2nm世代など微細化がさらに進み、高解像度のEUVフォトレジストが必要とされている。
JSRでは以前からEUV向けフォトレジストで高い信頼性により採用を広げていたが、今後の微細化に向けた有望素材として注目されるメタルレジストの強化に向けてインプリアの買収を決めた。
半導体は小さなチップに非常に細かい配線が描かれており、その配線パターンを「光照射」によってつくるのが「露光」プロセス。
光照射によって変化する材料(レジスト)の膜をウェハー上につくった状態で露光した後、光が当たった部分のレジストを除去するエッチングと呼ばれる工程にかけることで、パターンが形成される。
光を照射するパターンを規定するのが「マスク(フォトマスク)」と呼ばれる板で、ここに描かれた配線がウェハー上に投影される。微細なマスクを透過し、細かいパターンをつくるため、照射する光の波長が短いことが求められる。「ArF液浸露光」は光源として波長193nmの「ArF(Argon fluoride)光源」を用い、ウェハーに光を照射する手前で純水などの「液体」を通す(ウェハーを液に浸す)。
「EUV露光」はEUV(extreme ultraviolet 極端紫外線)光源から照射された光が複数の反射鏡を介してレチクル(反射型のマスク)に照射され、レチクルに反射した光がさらに複数の反射鏡を介してウェハーに投影される。
Inpria は、2007 年の設立以来、メタルEUV レジストの開発に取り組んでおり、主要製品であるスズ酸化物を主成分とするメタルレジストは、EUV 露光系で世界最高性能の限界解像度を達成している。さらに、従来のレジストに比べドライエッチング時のパターン転写性能が高く、半導体の量産プロセスに対しても優れた適正を有している。
現在の社長は Eric Johndon氏で、2011年にJSRに移り、2019年6月に社長に就任している。今後の成長に向けての合成ゴム事業売却や米国の次世代EUV用メタルレジストメーカーであるInpriaの100%子会社化は同氏が決めた。合成ゴム事業は創業事業ではあるが、将来性を勘案し、デジタルソリュージョン事業等に経営資源を投入している。合わせてライフサイエンス事業も重視している。
週刊エコノミスト2022年11月15日で次のように述べている。
売却した合成ゴム事業は非常に潜在力のある事業だが、核として成長させていきたい事業と戦略が一致していなかった。 半導体事業は激しいサイクルの中で動いている。急激に市場が拡大しており、成長軌道にしっかり乗っていけるように引き続き投資をしていくことが重要。最先端のEUV(極端紫外線)露光向けのフォトレジスト(感光性樹脂)は、特に高い競争力を維持している。今後、微細化がさらに進み、より高解像度のEUVフォトレジストが必要とされる。そこで有望なのが金属酸化物のフォトレジストで、の技術に強みを持つ米インプリア社を2021年に完全子会社化したのは、最先端の競争力を維持するために必要だと考えたから。さらに、半導体チップの積層化に使われるCMP材料や洗浄剤は高い技術力が必要で、当社が得意とする製品だ。
半導体の微細化はいずれ限界を迎え、複数のチップを積み重ねて性能を高める三次元(3D)化が進む。それに対応する材料も技術革新が必要で、顧客企業により早く、必要な先端材料を提供できるよう技術開発に注力し、生産能力の増強もしていく。
ライフサイエンス事業では、CRO(医薬品の開発受託)やCDMO(医薬品の受託製造)を手掛けているが、半導体と同じビジネスモデル(技術力や品質で高い価値を達成)に基づいて進めている。米KBIバイオファーマを買収した。(バイオ医療に必要な)たんぱく質を分析する技術を持っており、最先端の治療のためのプロセスに道筋を付けるのを得意としており、KBIの技術により、顧客の新薬候補を次々とつくることができている。
現在のJSRの事業は次の通り。
売上高(億円)
20/3 21/3 22/3 23/3 24/3予想 エラストマー 1,788 1,432 ー ー ー 合成樹脂(ABS等) 951 791 906 958 1,075 デジタルソリューション 1,448 1,514 1,650 1,704 1,750 ライフサイエンス 505 552 725 1,265 1,425 その他 28 177 129 162 170 合計 4,720 4,466 3,410 4,089 4,420
損益(億円)
20/3 21/3 22/3 23/3 24/3予想 エラストマー -18 -114 ー ー ー 合成樹脂 62 44 53 19 40 デジタルソリューション 309 346 390 278 270 ライフサイエンス 36 35 32 85 160 その他 -3 11 10 4 全社 -59 -62 -52 -45 -50 営業損益合計 329 260 433 340 420 株主帰属損益 226 -552 373 158 250
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