東北大学、「大学10兆円ファンド」の支援第1号

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文部科学省は9月1日、世界最高水準の研究大学をつくるために政府が創設した10兆円規模の大学ファンドで東北大を最初の支援対象候補に選んだと発表した。研究や組織改革の戦略を総合的に評価した。

運用益を確保して2024年度の助成開始をめざす。

大学ファンドは資産を株式や債券で運用し、利益を数校の「国際卓越研究大学」に分配して研究力の向上を図る制度で、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が運用し、運用益を活用して年間3,000億円を上限に文部科学大臣の認定を受けた国際卓越研究大学に配分する。

東北大は初年度に最大100億円程度を受け取る見通しで、その使い道は卓越大の裁量に任されるが、「参画大学は、世界トップ研究大学に相応しい制度改革、大学改革、資金拠出にコミット」するとなっている。

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近年、科学技術・イノベーションが、国家間の覇権争いの中核をなす中、日本の研究力は相対的に低下している。論文数の順位は国際的に地位の低下が続いており、博士号取得者数は、特に米中に比べ伸びが大きく劣後している。

そこで、「総合科学技術・イノベーション会議」では、「統合イノベーション戦略2020」において、研究力を強化し若手研究者を支援するため、世界に伍する規模のファンドを創設し、その運用益を活用することを提示した。

同時に「経済財政運営と改革の基本方針2020(骨太の方針)」では、「世界に比肩するレベルの研究開発を行う大学等の共用施設やデータ連携基盤の整備、若手人材育成等を推進するため、世界に伍する規模のファンドを大学等の間で連携して創設し、その運用益を活用するなどにより、世界レベルの研究基盤を構築するための仕組みを実現する」ことが明記された。

その後2020年12月8日の「国民の命と暮らしを守る安心と希望のための総合経済対策」閣議決定において、
「10 兆円規模の大学ファンドを創設し、その運用益を活用することにより、世界に比肩するレベルの研究開発を行う大学の共用施設やデータ連携基盤の整備、博士課程学生などの若手人材育成等を推進することで、我が国のイノベーション・エコシステムを構築する。」とされた。

2022年3月、10兆円規模の大学ファンド(基金)が誕生した。

当初、国の一般会計から政府出資として約1.1兆円、財政投融資債の発行で調達した財政融資資金から約4兆円の合計約5.1兆円を調達し、運用開始した。

さらに2022年度中に約4.9兆円の財政融資資金が追加され。10兆円となった。(政府出資約1.1兆円と財政投融資からの借入金約8.9兆円)

財政融資資金は期間40年(うち据置期間20年)の長期借入で2042年度以降、20年かけて順次償還されることとなる。そして20年経過後には、参画大学や民間の資金に置き換えられていくことを想定している。

2022年度末の運用資産額は9兆9644億円で、総合収益(実現収益+評価損益)は604億円の赤字となった。うち、損益計算書上の当期純利益は742億円の黒字である。

今回の助成財源は、当期純利益742億円から繰越欠損金62億円を控除した金額から決定される。


2022年12月に国際卓越研究大学の公募が開始されると、23年3月末の締め切りまでに下記の10校が申請した。

  • 早稲田大学
  • 東京科学大 (統合予定の東京医科歯科大と東京工業大で共同申請)
  • 名古屋大学
  • 京都大学
  • 東京大学
  • 東京理科大学
  • 筑波大学
  • 九州大学
  • 東北大学
  • 大阪大学

2023年6月には、文部科学省が7月に「京都大学」、「東京大学」、「東北大学」に視察に行く方針であることが明らかになり、事実上この3校から選ばれるとみられていた。

審査を担う有識者会議は「体制強化計画の磨き上げなど一定の条件を満たした場合に認定する」との留保付きで東北大を選んだ。正式な認定は2024年度中の見通し。

東北大は「未来を変革する社会価値の創造」「多彩な才能の開花」など三つの公約を掲げ、注目度の高い論文数や外国人研究者比率といった6つの目標と19の戦略を提示。審査では、教授を頂点とするピラミッド型研究体制から転換し、助教ら若手もリーダーとなって野心的な研究に挑戦できる体制を構築する目標が高く評価された。ガバナンス面で改革理念が浸透していることも選定理由に挙げられた。

東北大は同省に提出した計画で、世界トップ級の研究者で作る「研究戦略ボード」を設けるとした。工業製品の材料を研究して新たな機能の材料を開発する材料科学や災害科学などで「世界十指に入る研究拠点を形成する」という。

仙台市のキャンパスに整備する世界最高水準の分析機能を持つ次世代放射光施設「ナノテラス」を核に、産学官で半導体や量子などの成長分野の研究にも力を入れる。

ナノテラスは、高輝度・高指向性の光を使ってモノの構造や機能をナノレベルで可視化できる"巨大な顕微鏡"で、これまで国内にあった施設の約100倍の強度で軟X線を発生させることができ、物質の電子状態やその変化を高精度で追うことができる世界最高レベルの高輝度放射光施設として、国内外から大きな期待を集めている。

大学院生に給与を支給するなど経済支援を拡充し、博士課程の学生数を現在の約2700人から25年後に6000人に増やす計画も盛り込んだ。国際化を推進するため外国人研究者比率を9%から30%に、学部の留学生比率も2%から20%に引き上げる。

東北大の大野英男学長は「変革への意思や体制強化計画が評価され、大変光栄に思う。世界をリードする研究大学を目指し、最終的な認定に向けて全学一丸となって引き続き力を尽くす」とのコメントを出した。


現地視察の対象になった東京大と京都大は選ばれなかった。有識者会議は両大学について、「構想の具体的内容を学内の多くの構成員が共有し、全学として推進する」体制になっていないと、同じ文言で指摘した。
東大についてはさらに、「既存組織の変革に向けたスケール感やスピード感が不十分」とし、京大は「責任関係や指示命令系統が不明確」、「スタートアップや国際化の取り組みで実社会の変化への対応の必要性が感じられた」と指摘した。

同省は2024年度も卓越大を公募する。23年度の審査で選ばれなかった大学も申請できる。支援対象は段階的に数校に増える見込み。

永岡桂子文科相は1日の閣議後記者会見で「選ばれなかった大学も意欲的な提案がなされた。研究力強化に向けて各大学と対話を継続し、改革の取り組みをしっかりと後押ししたい」と述べた。


各大学の申請概要と、審査した有識者会議からの意見

申請概要 意見
東北大学 全方位の国際化、世界の研究者をひきつける研究環境、世界に変化をもたらす研究展開など6つの目標を達成するために19の戦略を提示。

例えば、教授、准教授、助教で研究室を構成する体制から、助教レベルも独立できる研究体制に移行することなどに取り組む。

KPI(重要業績評価指標)やマイルストーンを明確にした体系的な計画。


他方、民間企業からの研究資金などの受け入れ額を10倍以上にするという目標は、従来の成長モデルでは達成は困難であり、戦略の深掘りや見直しが必要。

東京大学 全学的な教育研究組織を新たに創設し、「世界の公共性への奉仕」を実践。
学術の多様性を維持しつつ、世界トップ10の有力大学に並ぶ存在に。
研究基盤の整備や、人的資本の高度化に向けた改革を行う。
新組織の創設は、大学の変革を駆動する構想としては評価。

他方、変革のスケール感やスピード感は十分ではなく、工程の具体化と学内調整の加速が求められる。
後、構想内容を全学として推進することが確認できれば認定候補となりうる。
京都大学 研究組織改革と人材・研究環境への投資、研究成果の活用、新しいガバナンス体制の確立などを推進する。 執行部の変革への強い意志は高く評価できる。

他方、国際標準の新たな体制に移行するには責任と権限の所在の明確化が必要。
また、スタートアップや国際化に向けた取り組みは、実社会の変化への対応が必要。
早稲田大学 カーボンニュートラル社会の実現を最重要課題として、全学の研究領域を包含し推進体制を構築する。総合知など文理融合にも取り組む。 大学全体の研究力強化や全学での変革につなげる道筋が明確ではなかった。
カーボンニュートラル社会の実現に特化するのではなく、大学全体の変革に向けた構想とすることが望ましかった。
東京科学大学
(東京医科歯科大と東京工業大の共同申請)
英語の公用語化やスタートアップ拡大などに取り組み、世界最高水準の大学を実現する。
人文社会科学を含む多彩な分野が融合する「コンバージェンス・サイエンス」を展開することで社会とともに科学技術立国を再興し、世界に貢献する。
統合にあわせ、研究大学としての変革を同時に実施するという意欲的な構想。

他方、統合後の大学を審査するに際し、現時点では計画の具体化が十分とは言えず、実行性を判断できる段階に至っていない。
名古屋大学 基礎研究のレベルの高さや活発な産学連携を土台に若手研究者支援などを行い研究力向上を目指す。
博士課程の定員と留学生割合を増やし世界レベルの研究大学へ成長させる。
研究力向上策には期待。

一方、大学全体の研究力強化の駆動には、新たな組織と既存の部局との関係などをいま一度整理する必要がある。
東京理科大学 日本における理工系研究大学のモデル創出を目指し、国際交流のハブとなる「国際研究交流ユニオン」や、国際的研究拠点「未来都市研究センター」「未来生活研究センター」を設置。 新たな研究施設の設置など研究力強化に資する具体的な取り組みは評価できる。

他方、世界水準の研究環境の構築には、より手厚いスタートアップ支援、多様な人材登用などに取り組む必要がある。
筑波大学 事務の英語化の学内標準化やピアレビューを重視した人事評価などに新たに取り組む。
つくばと世界との連携による研究教育力の最大化などで社会の変革を目指す。
筑波研究学園都市という立地をいかし、研究機能の最大化が実現されれば高い効果も期待できる。

ただし、国際卓越研究大学には各研究機関との連携強化だけでは十分ではなく、大胆な視点での改革が求められる。
九州大学 九州・沖縄地区の各大学との連携強化や、オープンな研究環境の整備などを行う。
「脱炭素」「医療・健康」「環境・食料」の3領域を突破口に改革を実施する。
従来の大学の内外の壁を越え、地域全体の研究力向上を図る構想は評価。

他方、変革を学内組織に浸透させていく道筋が現時点では明確になっていない。
構想の実現に向けた課題も予想される。
大阪大学 関西から世界へ向けた社会変革の実証の場となる「サイエンスヒルズ」(大阪版シリコンバレー)の形成を目指す。
国際共創拠点や、最先端卓越研究拠点などを「研究特区」として順次立ち上げる。
成果展開を学内に留めることのない野心的な提案と評価。

他方、新たな組織が既存の部局や講座などの関係で十分に機能しうるのか、弊害は生じないのかを見極め、工程を具体化する必要がある。

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