ルネサスエレクトロニクス(以下 ルネサス)は2月23日、フランスの半導体プロバイダーのSequans Communications S.A.に実施予定だったTOB(株式公開買い付け)を中止したと発表した。
2023年8月にシーカンスの買収を発表して9月にTOBを開始、2024年2月20日までにシーカンス株の発行済み株式の9割以上を取得する予定だったが、課税所得計上を巡って国税庁の協議に時間がかかり、複数回にわたって買い付け期間を延長していた。
2月15日に日本の国税庁から買収が課税対象となる通知を受領した。ルネサスは買収発表時には想定していなかった税負担が生じると判断し、シーカンス買収そのものを取りやめてTOBも中止した。
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ルネサスは2023年8月7日、セルラーIoT向け4G/5GチップおよびモジュールのリーディングプロバイダであるSequans Communications S.A.の全株式を公開買付けにより取得する旨の基本合意書を締結したことを発表した。
ルネサスがシーカンスの米国預託株式(ADS)を含む発行済普通株式の全てを、ADS 1株当たり3.03米ドル(ADS 1株は普通株式4株に相当、過去6ヶ月間の出来高加重平均価格に対して32.6%のプレミアムを付与)で現金買収する公開買付けを開始することに合意し た。純有利子負債を含めたシーカンスの企業価値を約249百万米ドルと評価するもので、2024年の第1四半期までに株式の取得を完了する 。
2003年に設立されたシーカンスは、IoTデバイス向けに、チップセットやモジュールを設計・開発するファブレス半導体企業で 、4G/5GのセルラーIoT技術を幅広くカバーした製品を提供しており、ゲートウェイを必要としない信頼性の高いIoTワイヤレス接続を実現している。また、低消費電力のワイヤレスデバイスに関する高い技術力も有している。シーカンスの認証取得済みソリューションは、北米、アジア太平洋、欧州の主要通信事業者による主な無線周波数規制の仕様に対応するよう設計されている。
シーカンスが提供するセルラーIoT技術の関連市場は、スマートメータ、アセットトラッキングシステム、スマートホーム、スマートシティ、コネクテッドカー、固定無線アクセスネットワーク、そしてモバイル機器の需要に牽引され、急成長してい る。セルラーIoTに接続するデバイスの台数が、毎年10%以上増加するとの市場予測もある。
2020年10月に両社の協業が発表され、その成果の第1弾としてルネサスがLTE Cat-M1に対応したセルラーIoTモジュール「RYZ014A」を2021年5月に発売した。
買収完了後は、シーカンスの広範なセルラーIoTのコネクティビティ製品やIPが、マイクロコントローラ、マイクロプロセッサ、アナログ・ミックスドシグナルなどに代表されるルネサスの主力製品のラインアップに加わる。
シーカンスの買収により、ルネサスはセルラーIoTに代表されるWAN(Wide Area Network:広域通信網)市場へ直ちに参入でき、幅広いデータ通信速度に対応可能となる。また、ルネサスのPAN(Personal Area Network:短距離通信網)およびLAN(Local Area Network:構内通信網)関連のコネクティビティ製品群の潤沢なラインアップをさらに拡充することとなる。
ルネサスは、Dialog、Celeno、そして最近ではPanthronicsなどの戦略的な買収を通じて、提供するコネクティビティ製品を拡大している。ルネサスとシーカンスは2020年から協業しており、ルネサスの組み込みプロセッサやアナログ製品とシーカンスのワイヤレスチップセットを組み合わせたソリューションを、大規模IoTやブロードバンドIoT向けに提供している。
ルネサスはこのこのシーカンス買収の基本合意書に条件をつけていた。
この基本合意書に規定された組織再編を実施した場合に、日本の租税特別措置法第66条の6に基づき、課税所得の計上および納税が必要となる旨の東京国税局の回答を受けた場合、ルネサスまたはシーカンスのいずれも本基本合意書を解除できるというものである。ルネサスもシーカンスも、この条項によりルネサスに課税が行われないという前提で契約を締結していた。
これは外国子会社合算税制を定めた規定で、内国法人が一定の株式等を直接・間接に保有する外国関係会社の税負担が著しく低い場合などに、株式比率に応じ、外国子会社の所得を内国法人の所得に合算して課税する制度。
外国子会社の所得の性質や事業の内容により複雑なルールがある。タックスヘイブン課税のケースが多い。
報道発表文ではどの規定の解釈によるもので、影響額がどの程度なのか全く不明である。 シーカンスがタックスヘイブンに事業拠点を置いているとの情報は見当たらない。
通常の買収の契約書にはこんな条項は付けないため、この条項が適用される可能性が少しはあるとルネサスが考えていたのは確かである。東京国税局の回答が遅れ、TOBの期間を何度も延長していたことからみて、シロかクロか、ギリギリのところであったのではと思われる。
ルネサスは、セルラーIoT技術に大きなビジネスチャンスを引き続き見出しており、シーカンスの買収は取りやめるが、同社とのパートナーシップを通じて、この取り組みをさらに加速させていく方針としており、本基本合意書の解除が、高成長の市場に向けた技術革新を続けるというルネサスの従来戦略に与える影響は軽微としている。
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しかし、過剰な設備や人員を抱え、最終赤字が続いた。
2012年12月に懸案となっていた財務基盤の抜本的強化について、産業革新機構・トヨタ自動車・日産自動車など9社を割当先とする総額1500億円の第三者割当増資を行うことを発表した。2013年9月30日に払込手続きが完了し、産業革新機構が 約69%で筆頭株主となった。
その後、大規模な人員削減や不採算事業の撤退を進めた。
2013年10月、確実に収益をあげる企業体質を目指し、「ルネサスを変革する」として、各種構造改革から成る「変革プラン」を発表、2014年3月期に2010年のルネサス エレクトロニクス発足以来、初めて最終黒字化した。
現在は、センサーからアクチュエーターまで、シグナルチェーン全体に渡る豊富な半導体製品を提供している。
ルネサスは2023年11月14日、INCJ(2018年9月に産業革新機構から新設分割)が所有するルネサスの全株式を売却したと発表した。
ルネサスは、2013年9月30日にINCJ等を割当先とする第三者割当増資を実施し、INCJの所有割合は69.15%となった。
産業競争力強化法に基づき設立された産業革新機構(現「INCJ」)は、2025年3月までに保有する全ての株式等を処分する必要があり、現在は新規投資は行わず、既投資案件のバリューアップとエグジットに注力してきた。
2017年よりINCJはルネサス株式の売却を段階的に開始し、2023年11月13日時点での所有割合は7.38%に低下していた。残りも海外機関投資家などに売却し、本売却完了により、INCJの所有割合は0.00%となる。
ルネサスの株価は2013年9月の出資時から直近までに約5倍に上昇した。
2010/4 2014/3/31 2018/6/30 2020/12/31 2021/12/31 2022/12/31 2023/11/14 産業革新機構→INCJ - 69.15% 33.38% 32.15% 20.14% 12.43% 0% 三菱電機 25.1% 6.26% 4.53% 4.37% 2.60% 2.82% 日立製作所 30.7% 7.66% 3.71% 3.57% 3.18% 3.44% NEC 33.4% 0.75% - - - - デンソー - 0.49% 4.99% 8.84% 7.87% 8.52% トヨタ自動車 - 2.49% 2.99% 2.88% 3.85% 4.17% 日産自動車 - 1.49% - - - -
2023/11/17 INCJ、出資から10年でルネサス株の売却完了
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