大阪大学、腹部大動脈瘤患者に対する 世界初のトリカプリン投与試験を開始

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大阪大学は5月31日、大学院医学系研究科中性脂肪学共同研究講座、循環器内科学講座、心臓血管外科学講座、放射線統合医学講座の研究グループが、腹部大動脈瘤の患者に対して、トリカプリンを投与する世界初の臨床試験を開始したと発表した。

腹部大動脈瘤は、腹部大動脈が部分的に拡張する疾患で、大動脈瘤のなかで最も発症頻度が高くなっている。腹部大動脈の拡張は、無自覚、無症状であることが多く、無自覚のまま腹部大動脈瘤が突然破裂することもあるため、「サイレントキラー」とも呼ばれている。

米国では毎年約20万人が腹部大動脈瘤と診断され、55歳以上の男性の死因では15位前後、英国では10位前後に位置している。日本における正確な患者数は不明だが、「大動脈瘤及び解離(腹部大動脈瘤以外の大動脈瘤や動脈解離を含む)」は死因の10位前後となっている。

これだけ患者が多い疾患にも関わらず、現状腹部大動脈瘤の治療法は手術に限られており、破裂の危険がある大きな動脈瘤(直径50mm以上)になるまでは、経過観察されている。血圧やコレステロール値を薬で下げ、動脈瘤が破裂することを防ぐ方法はあるが、大動脈瘤自体を縮小させる、あるいは予防する治療薬は現状存在しない。

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2023年2月3日に、近畿大学農学部応用生命化学科、大阪大学大学院医学系研究科中性脂肪学共同研究講座らの研究グループが、母乳にも含まれる栄養成分であるトリカプリンを腹部大動脈瘤のラットに与えると、一度できた腹部大動脈瘤が退縮(縮小)することや、発症前に投与しておくと腹部大動脈瘤ができなくなることを発見したと発表した。

研究グループは、中性脂肪の一種でありながら、動脈硬化や心不全といった疾患の改善効果が知られるトリカプリンに注目し、腹部大動脈瘤のモデルラットを用いて治療効果を検証した。その結果、トリカプリンが腹部大動脈瘤の発症を抑制し、破裂を完全に防ぐことができることが明らかとなった。また、患部の直径の縮小も確認でき、動脈の硬化抑制など血管の健全性を保つ効果があることも明らかになった。

トリカプリン(C10:TG)を投与した動物では、腹部大動脈瘤の形成・進展抑制が観察されたほか、形成後からトリカプリン(C10:TG)を投与すると、腹部大動脈瘤が退縮することがわかった。

  ①形成された腹部大動脈瘤 → ②トリカプリン投与後経過 → ③トリカプリン投与により腹部大動脈瘤が縮小

トリカプリンを投与した動物では、動脈の硬化、血管線維成分の破壊、線維分解酵素の増加(マトリックスメタロプロテアーゼなど)、血管平滑筋の低下、栄養血管の狭窄など、多くの腹部大動脈瘤関連病態が抑制されていることがわかった。

さらに、同じ中性脂肪の一種で、炭素の数が2個だけ少ないトリカプリリン(C8:TG)を投与した場合は腹部大動脈瘤抑制効果が観察されず、抑制効果はトリカプリン(C10:TG)に特有のものである可能性が示された。

本研究成果により、将来的に腹部大動脈瘤治療薬を創出できる可能性が示唆された。


トリカプリンは、炭素(C)の数が10個の脂肪酸で構成される中性脂肪(TG)の一種で、C10-TGと表記されることもある。

分子式 :  [CH3(CH2)8COOCH2]2CHOCO(CH2)8CH3   分子量 : 554.84



体内ですぐにエネルギー源として使用されるため、摂取しても血中の中性脂肪値や血糖値の悪化が起こりづらい。母乳やココナッツミルク、チーズ等に含まれるが、その含有量はごくわずかで腹部大動脈瘤に対して効果が期待できる量が入っていないため、動物実験にはトリカプリンを精製して純度を高めたものが使用された。

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この成果をもとに研究グループは、腹部大動脈瘤の患者に対して世界で初めて、高純度トリカプリンカプセル「カプリンHI®」を経口投与する臨床試験を開始した。

カプリンHI® はトリカプリンを高純度で含有した健康食品。大阪大学と栩野財団との共同研究「中性脂肪蓄積心筋血管症に対するトリカプリン栄養療法の開発研究」において開発され、大阪大学と栩野財団の共有成果物である。

本臨床試験は大阪大学医学部附属病院 認定臨床研究審査委員会にて2024年5月9日に承認され、大阪大学と栩野財団との共同研究「血管疾患に対するトリカプリンを用いた治療法の開発研究」を基盤として2024年5月17日より大阪大学医学部附属病院 循環器内科で開始された。

腹部大動脈瘤の患者(50歳~85歳)に1日3回トリカプリンのカプセル(カプリンHI®、一般財団法人栩野財団がメーカー)を毎日服用してもらう方法で安全性・有効性を検証する世界初の特定臨床研究で、①栄養成分トリカプリンが、腹部大動脈瘤の患者で安全に使用できるか、②ラットで見られた腹部大動脈瘤の退縮(縮小)効果がヒトで確認できるか、について10名の小さな腹部大動脈瘤(直径45mm以下)を持つ患者に1年間かけて確かめる。

腹部大動脈瘤の退縮(縮小)が数例でも見られれば、今後さらに大規模な臨床試験でトリカプリンの有効性を検証し、将来的に腹部大動脈瘤の薬物治療が実現できる可能性がある。またトリカプリンによる治療が、今までにない手術以外の進行予防法となれば、医学界に与えるインパクトはとても大きく、治療指針(ガイドライン)や医療経済にも大きな影響を及ぼす。

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