米保健福祉省は昨年(2023年)8月29日、高齢者向け公的医療保険「メディケア」の対象となる医療用医薬品(処方薬)の価格を交渉で決める制度を最初に適用する10品目を発表した。
米国の法律は従来、約20年前に始まった処方薬制度の一環としてメディケアの対象となる処方薬の価格交渉は禁止していた。
バイデン大統領が2022年署名して成立したインフレ抑制法(Inflation Reduction Act:IRA)では、65歳以上の米国人を対象とし、約6600万人に適用されているメディケアに関し、最も高額な医薬品の一部の薬価引き下げ交渉を認めた。
交渉は2023~2024年に行われ、新たな価格は2024年9月に公表し、2026年1月から導入する。この仕組みにより、2031年までに年間250億ドルの薬価削減を目指している。
MerckやJohndon & Johnsonなどの製薬大手は収益減への懸念から、メディケアの薬価交渉をめぐって米国政府を提訴している。インフレ抑制法の薬価交渉に関連する部分が米憲法違反だと主張している。
2023/8/31 米国、メディケア対象医薬品の薬価交渉対象の第一弾10品目を発表
今回の10品目は下記の通り。メーカーは13社。
製品名 一般名 用途 メーカー Eliquis アポキサバン 血栓塞栓症の治療・予防に用いられる経口投与が可能な抗凝固剤の1つ。 Bristol Myers Squibb
PfizerJardiance エンパグリフロジン ナトリウム・グルコース共輸送体-2 阻害作用を有する糖尿病治療薬 Boehringer Ingelheim
Eli LillyXarelto リバロキサバン 経口抗凝固薬の一つ Bayer
Janssen PharmaceuticalsJanuvia シタグリプチン 経口血糖降下薬、2型糖尿病の治療薬 Merck & Co. Farxiga ダパグリフロジン 2型糖尿病治療薬の内、SGLT-2阻害薬に分類される医薬品 AstraZeneca Entresto サクバトリル/
バルサルタン心不全・高血圧症治療のための合剤 Novartis Enbrel エタネルセプト 分子標的治療薬の一つで関節リウマチなどの膠原病・自己免疫疾患の治療薬 Amgen (Immunex) Imbruvica イブルチニブ B細胞性腫瘍の治療に用いられる抗がん剤 Pharmacyclics
Janssen BiotechStalara ウステキヌマブ ヒト型抗ヒトIL-12/23p40モノクローナル抗体製剤
日本では乾癬、クローン病、潰瘍性大腸炎に対して適応Janssen Biotech Fiasp;
NovoLog 等インスリンアスパル 1型および2型糖尿病の治療に使用される超速効型インスリン Novo Nordisk
バイデン政権は2024年8月15日、薬価引き下げ交渉の対象となっていた10種類の医薬品について、全ての交渉参加メーカーと合意に達したと発表した。
対象となった医薬品はMedicareの医薬品のうちの高額のもので、薬価は38~79%引き下げられ、2023年の使用ベースではMedicareとして約60億ドルの節約ができたとみられる。
糖尿病治療薬のジャヌビアやジャーディアンス、血液サラサラ薬のエリキスやイグザレルト、白血病治療薬のインブルビカなどが価格交渉の対象となる。
医薬品名 2023年に使用した
Medicare対象人数2023年価格
(30日分)2026年価格
(30日分)節減額 (%) Eliquis 3,928,000 $521 $231 $290 (-56%) Jardiance 1,883,000 $573 $197 $376 (-66%) Xarelto 1,324,000 $517 $197 $320 (-62%) Januvia 843,000 $527 $113 $414 (-79%) Farxiga 994,000 $556 $178.50 $377.50 (-68%) Entresto 664,000 $628 $295 $333 (-53%) Enbrel 48,000 $7,106 $2,355 $4,751 (-67%) Imbruvica 17,000 $14,934 $9,319 $5,615 (-38%) Stelara 23,000 $13,836 $4,695 $9,141 (-66%) Fiasp; Fiasp FlexTouch;
Fiasp PenFill;
NovoLog;
NovoLog FlexPen;
NovoLog PenFill785,000 $495 $119 $376 (-76%)
2026年に発効する引き下げにより、政府による60億ドルの節約に加え、メディケア加入者の自己負担額を計15億ドル節約できると推計している。
バイデン政権は今後も毎年薬価引き下げ交渉の対象を増やしていく方針で、2025年は最大15種類を対象として選定する見込み。
本交渉を巡っては、複数の製薬会社から訴訟が提起されるなど業界の強い反発が示されてきたが、こうした大企業の反発を乗り越えるかたちで交渉妥結にこぎ着けたことは、政権にとって大きな政治的成果といえる。
バイデン大統領は「我々はついにビッグ・ファーマを打ち負かした」と成果を強調した。
ハリス大統領候補(副大統領)は、カリフォルニア州司法長官時代にコスト削減への努力と製薬会社の責任を追及してきた実績を強調し、「私のキャリア全体を通して製薬会社の責任を追及し、処方薬のコストを下げるために働いてきた」と述べ、「メディケアは、その(団体交渉)力を使い、大手製薬会社と直接対決し、薬価引き下げの交渉をすることができる」と述べた。
ただし、今回の引き下げ幅ほどには国民負担の軽減にはつながらないとの指摘もある。
製薬業界がメディケアの交渉に強く反対しているにもかかわらず、いくつかの製薬メーカーは、政府の極秘価格設定を検討した結果、新価格が発効しても事業に大きな影響はないと先月述べた。
今回対象となった10種類の医薬品はいずれもメディケア・パートD(高齢者向け処方薬保険)の対象となっており、現行でも製薬会社からメディケアに対して一定のリベートが支払われ、メディケアはこれを加味し値引きをした上で加入者に医薬品を提供している。しかし、リベートの額は公表されておらず、仮に薬価引き下げが実現したとしても、リベートの額も減少する場合には、加入者が実際に支払う正味の価格はさほど引き下がらないこともあり得る。
米国研究製薬工業協会のスティーブ・ユーブル会長は「政権は(IRAの)価格設定スキームを利用して政治的な見出しを盛り上げているが、患者はそれが自分たちにとって何を意味するかを知ったらがっかりするだろう。患者の自己負担が減るという保証はない」と述べ、効果を疑問視している。(この項 JETRO ビジネス短信)
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