田辺三菱製薬の将来

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9月10日付けの日本経済新聞は、「田辺三菱製薬を売却へ 三菱ケミG 多額の開発費重荷」と題する記事を掲載した。

化学業界では中国メーカーの過剰生産で収益が悪化し、各社が事業見直しを迫られている。三菱ケミGも本業との相乗効果が見込みにくい医薬品を含め全社的な事業再構築を模索する。

三菱ケミGは売却に向けファイナンシャルアドバイザーを起用し、外資系ファンドなどに打診しているもようだ。売却に向けての交渉は初期段階とみられる。三菱ケミGは田辺三菱を完全子会社化した際の5000億円を上回る金額での売却をめざしているようで、金額など条件次第では売却しない可能性も残る。

収益貢献が高い医薬品事業も見直しの対象になるのは、多額の研究開発費用が必要という医薬品事業特有の理由がある。医薬品の世界では従来型の低分子医薬品からパイオ薬が競争の中心になり、創薬の難易度が格段に上がった。世界の製薬大手は毎年数千億ー1兆円規模を研究開発に投じている。田辺三菱の売り上げは約4300億円と国内でも中堅規模。三菱ケミGの筑本学社長は「医薬品事業のための資金をどう捻出するかは頭が痛い問題」と話す。

三菱ケミカルは同日、この報道を否定した。

当社が発表したものではなく、そのような事実はありません。
当社は、ファーマ事業を含めた全ての事業を対象に、グループ全体の事業ポートフォリオのあるべき姿に関して継続的に検討をしており、売却を含めたあらゆる選択肢を念頭に置いてポートフォリオ改革を推進しております。今後開示すべき事実が発生した場合は速やかに開示いたします。

後述するが、同社には有望な製品はなく、買い手を探すのに苦労すると思われる。

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三菱ケミカルホールディングスは2019年11月18日、田辺三菱製薬の普通株式の全てを取得し、完全子会社とすることを目的とし、公開買付けを実施すると発表した。TOBは成立し、2020年2月末に田辺三菱製薬は上場廃止となった。その後、田辺三菱製薬の決算は公表されていない。

2019/11/22  三菱ケミカルホールディングス、田辺三菱製薬に公開買付け

三菱ケミカルのヘルスケア事業のコア営業損益の状況はこれまでの発表からみると、下記の通りである。2023/3月期以降は田辺三菱製薬の実績は不明。

コア営業損益 単位:億円

三菱ケミカル
ヘルスケア部門
田辺三菱製薬
合計 田辺以外 コア合計 うちロイヤリティ その他
2019/3 538 -20 558 631 -73
2020/3 165 -26 191 174 17
2021/3 179 -31 210 159 51
2022/3 -70 -40 -30 133 -163
2023/3 1,418 159 1,259
2024/3 563

1.三菱ケミカルのヘルスケアの営業損益のうち、田辺三菱製薬分を除くとほとんどなし。

2.田辺三菱製薬の損益は大半がロイヤリティ収入で、それ以外の販売損益はゼロに近い。 

  

 ・ 多発性硬化症治療剤「ジレニア」

田辺三菱製薬の前身の吉富製薬が創製し、海外ではノバルティス(スイス)に導出したこの薬剤のロイヤリティ収入は、収益の柱となっている。

2019年2月、ノバルティスから本件契約の規定の一部の有効性について疑義が提起され、2019年2月15日、国際商業会議所より、ノバルティスを申立人とする仲裁の申立てがあった旨の通知を受領した。

ノバルティスは、米国、EU等における製品の売上ベースのロイヤリティ支払い義務を定める本件契約の規定の一部は無効であり、ノバルティスにはロイヤリティの一部の支払義務がないことの確認を求めている。 本仲裁は、ICCの仲裁規則に従い、英国ロンドンを仲裁地として行われる。

2023/2/15 国際商業会議所の仲裁判断で田辺三菱製薬のロイヤリティ収入が復旧

仲裁の期間中はロイヤリティは売上高に計上しなかった。

最終的に田辺三菱の勝訴となり、2023年3月期4四半期にこれまでの 1,259億円を一括して売上収益として認識した。

 ・ もう一つのロイヤリティの「インヴォカナ」は、ヤンセンファーマシューティカルズに導出した2型糖尿病治療剤。

上記の通り、三菱ケミカル全体のヘルスケア部門の営業損益は過去のロイヤリティがほとんどであり、これらは契約期間が終了すると、利益はゼロになる。

3. 三菱ケミカル(田辺三菱製薬)としては当然、新製品の開発、他社からの技術導入により事業拡大を狙っているが、今までのところ、すべて失敗に終わっている。

1) 新型コロナワクチン

田辺三菱製薬のカナダ子会社 Medicago Inc.は、植物由来ウイルス様粒子「VLP」技術を用いた新規ワクチンの研究開発に特化したカナダのバイオ医薬品会社であり、2022 年2月には新型コロナウイルス感染症の予防を適応として開発してきた VLP ワクチン「COVIFENZ®」がカナダにおいて承認され、商用規模生産の移行に向け準備を進めてきた。カナダ政府と最大7600万回分の契約をむすび、日本でも承認申請の予定だった。

たばこ属の葉に遺伝子を組み込んで抗原を作るが、段階的に生産を引き上げる「スケールアップ」に課題が見つかり、計画通りに量産できない状況となった。

新型コロナウイルス感染症を取り巻く環境は大きく変化しており、現状の新型コロナウイルスワクチンの世界的な需要及び市場環境と、商用規模生産の移行への同社の課題を包括的に検討した結果、COVIFENZ®の商用化を断念するという結論に至り、精算を進める。減損損失が480億円であることを発表した。

   2023/2/4 田辺三菱製薬、新型コロナワクチンから撤退、カナダ子会社を精算へ

2)田辺三菱製薬は2017年7月24日、イスラエルの医薬品企業 NeuroDerm Ltd.の買収手続き開始について合意したと発表した。本買収の取得価額の総額は、約11億米ドル。

NeuroDerm は、パーキンソン病の治療薬に関して、新たな製剤研究や、医薬品と医療器具(デバイス)とを組み合わせる優れた技術開発力を有する医薬品企業で、現在、米国および欧州でフェーズ3に移行し、2019年度に上市が見込まれるパーキンソン病治療薬「ND0612」を中心に開発を推進していた。

 2017/7/27  田辺三菱製薬、イスラエルの医薬品企業 NeuroDermを買収   

NeuroDerm では「ND0612」の治験が当初計画から遅れていたが、第3相臨床試験の治験施設の開設および患者組み入れにおいて重要な立ち上げ期間に今般の新型コロナウイルス感染症の拡大が重なるなどしたため、更に約1年半の開発計画の延長を決定した。

このため、欧米での申請は2023年度になる。

本開発計画の遅れと、複数の競合品の開発状況等から収益性が低下する見込みとなり、2020年9月中間決算で、仕掛研究開発費について845億円の減損損失を計上した。

田辺三菱製薬は2024年6月、ND0612の米国承認申請について、米国食品医薬品局(FDA)より審査完了報告通知を受領した。これは、現在の申請内容では承認に至らない場合にFDAより発行される。

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米国に進出しているメーカーとしては住友ファーマの例がある。

収益の柱であった第二世代抗精神病薬に分類される「統合失調症」および「双極性障害におけるうつ症状の改善」の治療薬「ラツーダ」の特許が切れ、年間2000億円の売上高が、一気にゼロになるという「特許の崖 (Patent Cliff )」に襲われた。

ラツーダの後継候補をこれまで買収してきたが、いろいろな問題でうまくいかなかった。 

2009年9月にSunovion Pharmaceuticals Inc.を買収した(買収額 約26億米ドル)が、同社のバーキンソン病治療薬「キンモビ」の売上予想を見直し、特許権全額 -556億円を減損処理した。

2012年4月に米国のBoston Biomedical Inc.の買収を完了した。癌幹細胞への抗腫瘍効果を目指して創製された低分子経口剤であるBBI608 (ナパブカシン)及びBBI503 の2 つの有力な開発パイプラインを有している。(買収額 200 百万米ドル+マイルストーン)

ナパブカシンは、がんの親玉である「がん幹細胞」をピンポイントで攻撃する世界初の新薬候補として注目を集めていた。またナパブカシンは比較的低コストで治療効果が期待できるとされ、開発費の抑制にもつながるため製薬各社や市場関係者が注視していた。

2019年7月2日、年間売上高が1千億円以上の「ブロックバスター」候補だったナパブカシンの膵がん患者を対象としたフェーズ3試験の中止を発表した。減損損失 -269億円
胃がん、膵がん、結腸・直腸がん向けに、臨床試験の最終段階である第3相まで開発が進んでいたが、2017年6月に胃がん向けの開発に失敗した。

2012/3/3 大日本住友製薬、米国医薬品会社Boston Biomedical を買収 

最後の手段として2019年10月31日、Roivant Sciences との間で、戦略的提携に関する正式契約を締結した。

2019/11/4  大日本住友製薬、Roivant Sciences と戦略的提携、30億ドルを投資

大日本住友製薬は対価として総額30億ドルを支払った。(子会社5社を含めた新会社に 20億ドル、Roivantの株式に10億ドル)
更に、このうちのMyovant Sciences Ltd.( 約52%買収)を2022/10/23に 総額17億米ドルを支払い、100%とした。 合計投資額は6000億円となった。

現在、ラツーダ後継としているのは、Roivant Sciencesの下記の3剤。

    当初開発  
進行性前立腺がん治療剤オルゴビクス 一般名:レルゴリクス 武田薬品 Pffizerと提携
子宮筋腫・子宮内膜症治療剤マイフェンブリー レルゴリクス40mg、エストラジオール1.0mg、
酢酸ノルエチンドロン0.5mgの配合剤
  Pffizerと提携
過活動膀胱治療剤ジェムテサ 一般名:ビベグロン 米 Merck  

しかし、ラツーダの利益減をカバーできるとは思えない。

2023/11/8  米国医薬業界、特許切れの恐怖:住友ファーマのケース


米国では、主要大企業が自社での新製品開発に多額の研究費を投じるとともに、
開発会社が開発中の目ぼしい新製品を金に糸目をつけず、買い漁っている。
このため、中小企業は淘汰され、少数の大企業が生き残りを賭け、争っている。

医薬品の開発は、途中の段階では問題がなく、有望であっても、最後の最後の臨床試験で悪い結果がでると終いである。そのような開発品に数千億円をかけざるを得ない。

多数の有望製品をもっていたとしても、それらは次々に特許が切れる。それに備えて次々と有望製品を買い漁る必要がある。

日本の企業で今後、世界で事業をやっていける企業は少ないだろう。

世界の大企業が企業生命を賭けて大投資をしているなかで、三菱ケミカルや住友化学のような多角化企業の場合、医薬に投資できる資金は限られる。

特定分野に限定するとか、中外製薬のようにRocheと組むなどを考えないと、投資の配分で他の事業にも影響を与えかねない。

多角化事業の一環として医薬事業をやることは今や無理であろう。

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