欧州連合(EU)の最高裁判所に当たる欧州司法裁判所は10月24日、EU競争法に違反したとして欧州委員会が米半導体大手インテルに科した制裁金10億6千万ユーロ(約1700億円)を無効とする判断を下した。
欧州委は、インテルが独占的な地位を乱用してEU競争法に違反したとして、2009年に制裁金支払いを命じた。
この訴訟では、一般裁判所が2014年に欧州委の決定を支持したが、欧州司法裁が2017年、一般裁判所に審理を差し戻した。
一般裁判所は2022年の判決で「欧州委の分析は不完全だった」と指摘し、制裁金を無効とした。
今回、欧州司法裁判所は欧州委の決定を取り消した2022年の一般裁判所の判断を支持した。
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欧州委は2009年5月13日、インテルが2002~2007年にかけて自社製のパソコン向けのCPU(中央演算処理装置)の販売を巡って市場の独占的な地位を利用して公正な競争を損ねたと判断し、10億6000万ユーロの制裁金を科すことを決めた。
インテルが1997年から2007年までの間、x86CPU(x86中央演算処理装置)市場において70%以上の市場シェアを有していたと認定した。
その上で、同社が顧客であるDell、HP、Lenovo、NEC等のパソコンメーカーに対して、
(1)条件付リベートを供与していたこと、具体的にはパソコンメーカーが必要とする全て又はほぼ全てのx86CPUの供給をインテル社から購入することを条件にインテル社がパソコンメーカーに対してリベートを支払うというもの 、及び
(2)x86 CPUを搭載した競合他社の製品の発売時期を遅らせる見返りとして金銭を供与していたことが、EU競争法違反に該当すると判断した。
単独企業に対する独占禁止法違反の制裁金としては、当時、過去最高である。
欧州委員会が課した制裁金額事件別上位10 件(~09年12月)
順位 事件 制裁金額
(億ユーロ)企業別順位 億ユーロ 1位 自動車ガラスカルテル事件(2008年)
※旭硝子及び日本板硝子現地法人が対象
他に、板ガラスカルテルも13.8 ③Saint-Gobain(仏) 9.0 ⑨Pilkington(英) 3.7
(日本板硝子現地法人)2位 天然ガス輸入カルテル事件(2009年) 11.1 ④E.on(独)/GDF-Suez(仏) 各社5.5 3位 インテル(米)支配的地位の濫用(2009年) 10.6 ①インテル(米) 10.6 4位 エレベータカルテル事件(2007年)
※三菱エレベータ現地法人が対象9.9 ⑥ティッセンクルップ(独)4.8 5位 マイクロソフト(米)
規制当局処分(2004 年3月)の不遵守(2回目)(2009年)9.0 ②マイクロソフト(米) 9.0
インテルは欧州委の判断を不服としてEU司法裁に訴え、2014年には一般裁判所が欧州委の判断を支持する判決を出した。
インテルは上訴し、最高裁にあたる欧州司法裁が2017年、欧州委の決定が正当だったか再審理するよう一般裁に指示した。
EU司法裁判所の一般裁判所(ルクセンブルク)は2022年1月26日、欧州委員会が2009年にEU競争法違反で米インテルに巨額の制裁金を科した判断を無効とする判決を示した。
判決文は「欧州委の分析は不完全だ」と指摘した。リベートが反競争的かどうかを立証できていないという。
理由1:欧州委員会決定は不正確な法的分析に基づいていた
欧州委員会は、 パソコンメーカーが必要とする全て又はほぼ全てのx86CPUをインテル社から購入することを条件にインテル社がパソコンメーカーに対してリベートを支払うという条件付きリベートが、いわゆる「忠誠リベート」に該当 し、支配的地位にある企業がそのような忠誠リベートを提供した場合、その性質上当然に市場における競争を制限する効果があるものとして、実際に競争を制限する効果があったかを立証する必要はないとの立場を採った。これに対して、2017年欧州司法裁判所では過去の先例は、支配的地位にある企業が忠誠リベートを提供した場合、競争を制限する効果があったと単に推定するものであり、企業が競争を制限する効果がなかったとの一応の証拠を提出したときには欧州委員会は実際に競争を制限する効果があったことを立証する必要があると判断した。
その結果、欧州委員会の違反決定は、不正確な法的分析に基づくものとした。
理由その2:欧州委員会が実施した経済分析には誤りがあった欧州委員会は、本来必要とされていないと主張していた経済分析を実施していたが、その前提としたデータに誤りがあったため、当該経済分析を無効とするべきとのインテル社の主張を認めた。
理由その3:欧州委員会は欧州司法裁判所が示した規範を適切に分析し、考慮しなかった。
2017年欧州司法裁判所判決では、企業には競争法違反がなかったとの一応の証拠を提出した場合、欧州委員会が競争法違反を立証するためには、当該企業の市場での支配的地位の程度、リベートが適用される市場の割合、リベートが供与される条件、適用期間及び金額、参入を阻止する戦略の有無といった事項を分析する必要があるとの判断をした。本判決では、2017年欧州司法裁判所で示された各事項は、欧州委員会が「最低限」検討しておくべきもので、欧州委員会の決定では問題とされたリベートが適用される市場の割合を適切に分析せず、リベートの適用期間に関しても正確な検討がなされていないため、リベート金額や参入を阻止する戦略の有無を検討するまでもなく、欧州委員会の決定には誤りがあったと判断している。
今回の判決は、欧州委の立証に高いハードルを課したもので、今後の競争政策に影響が出る可能性がある。
欧州委は、パソコンメーカーが必要とする全て又はほぼ全てのx86CPUの供給をインテル社から購入することを条件にインテル社がパソコンメーカーに対してリベートを支払うという条件付きリベートが、いわゆる「忠誠リベート」に該当すると判断した上で、支配的地位にある企業がそのような忠誠リベートを提供した場合、その性質上当然に市場における競争を制限する効果があるものとして、実際に競争を制限する効果があったかを立証する必要はないとの立場を採っていた。
これに対して、2017年欧州司法裁判所では、単に「忠誠リベート」に該当するだけでEU競争法違反が認定されるという形式的なアプローチではなく、実際に競争を制限する効果があったかというより実質的な判断が求められるとした。
今後、欧州委員会にとってはEU競争法違反を立証する負担が増えることになる。
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