10月5日 のテレビ東京「ブレイクスルー」は、福田恵一慶應義塾大学医学部教授の「心不全を根治する心臓再生医療」を取り上げた。
福田教授は、心筋再生医療の早期産業化、世界展開のために、リスクはあっても自ら会社を立ち上げ、経営者となることが最速・最善の道だとの結論に至り、2015年にHeartseed ㈱を設立し、社長に就任している。
Heartseed ㈱は7月30 日、同社の他家iPS 細胞由来心筋球(HS-001)の重症心不全に対する第I/II 相治験(LAPiS 試験)で高用量群の投与を開始する旨の発表を行った。
Heartseed は、虚血性心疾患に伴う重症心不全を対象とする他家 iPS 細胞由来心筋球(HS-001)の第 I/II 相治験において、低用量群の安全性評価委員会によるレビューが完了し、高用量群への移行が可能となった。
HS-001 は、Heartseed の基盤技術に基づいて他家 iPS 細胞由来の純化精製心筋細胞を心筋球にした開発中の再生医療等製品で、Heartseed は虚血性心疾患による重症心不全を対象とした HS-001 の安全性と有効性を評価する治験、LAPiS 試験を国内で進めている。安全性評価委員会は、これまでに LAPiS 試験で得られている安全性データを評価した結果、心筋細胞数1億5000 万個を投与する高用量群へ移行して本試験を継続することを推奨した。
Heartseed では高用量の投与開始を本年夏以降に予定しており、引き続き HS-001 の臨床評価を進めていく。
Heartseed は心筋再生医療の実現化を目指して、2015 年に設立されたバイオベンチャーで、iPS 細胞から高純度の心室型心筋細胞を作製する技術、投与技術や iPS 細胞の作製方法など、心筋再生医療の普及に必要な多数の独自技術を有している。
2021 年6 月にデンマークに本社を有する大手製薬企業 Novo Nordisk 社との HS-001 の開発・製造・販売に関するライセンス契約締結を発表した。
全世界での独占的技術提携・ライセンス契約Novoは日本以外の全世界でHS-001を開発、製造、販売する独占的な権利を獲得
NovoはHeartseedに最大5億9800万ドルを支払うとともに、海外の年間純売上に応じて漸増する1桁後半~2桁前半パーセントのロイヤルティも支払う。
日本ではHeartseedが単独で開発するとともに、両社が利益・コストを50:50で案分する形で事業化する。
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心不全とは、心筋細胞が壊死して心筋が不足するために起こる病気で、これを治療するには、心筋細胞を再生すればよい。福田教授はiPS細胞を使い、再生医療に必要な心室筋細胞の製造に成功した。
課題は、iPS細胞から心筋細胞を作ったときに発生する余計な細胞を取り除くこと。この未純化細胞も一緒に心臓に移植してしまうと、腫瘍となる。
そこで心筋細胞だけを残す純化精製の方法が必要になった。
福田教授は、同じ慶大医学部の末松誠教授と共同研究を進め、それぞれの細胞のエネルギー源の違いに着目した。
iPS細胞やES細胞はブドウ糖を取り込んで増殖するのに対し、心筋細胞は乳酸をエネルギー源として利用することができる。
培地からブドウ糖やグルタミンを除き、乳酸を入れたところ、未分化のiPS細胞は死滅し、心筋細胞だけが生き残った。これにより純化が可能になり腫瘍ができる危険性はなくなった。(純化精製)
ようやく人に移植できる再生心筋細胞ができたとはいえ、実際の移植治療に使うには大量の細胞が必要で、自動大量培養プラントを開発した。プラントは現在、第2世代の開発に取り掛かっていて、一回で10億個の心筋細胞を生産できる。
心筋細胞を用意できれば、次は移植方法を考える必要がある。心筋細胞は非常に弱いため、普通に心臓に移植したのではすぐに死んでしまう。
この問題を解決するために、心筋細胞を球状の塊にして移植する方法を考えた。
当初、バラバラの状態で心筋細胞を移植したところ、せいぜい5%ぐらいしか、生き残らなかったが、心筋細胞を約1000個集めた「心筋球」を作ることで、生着する効率を20倍以上上げることができた。
「これによって、我々だけが世界の中で初めて臨床治験にたどり着くことができたと考えています。」
ニコンの子会社であるニコン・セル・イノベーションは、Heartseedから治験用のiPS細胞由来心筋細胞・心筋球の製造を受託している。
ニコン・セル・イノベーションとHeartseedは、両社の持つノウハウや技術を最大限に生かし、日本における商用段階の安定供給にむけた製造にも取り組んでいる。
さらに"出血しない注射針"を独自開発し、細胞の移植手術にも成功した。
心臓に注射して心筋細胞を移植する際、通常の注射針を使用すると血管を傷つけてしまう。血液が流出し、それとともにほとんどの心筋細胞も流出してしまう。
試行錯誤の末、いくら刺しても出血することがない鍼灸用の針を参考にした。
一般的な注射針は、薬などの液体を体内に注入する目的上、管状になっている。先端はナイフのように鋭く、皮膚面を切るようにして体に刺し込むので、痛みを感じる。
鍼治療用の鍼は、先が縫針のようになっていて、縫針よりもずっと細く、皮膚に滑り込むよう刺さっていくので、刺激が少なく痛みを感じにくい。鍼はとても細いうえ、皮膚を切らずに皮膚をかき分けて刺入されるため皮膚自体は原則切れておらず、切れていないため血も出ない。(毛細血管に当たると少量の出血が見られることがある。)
注射針の先端 鍼の先端
ただ鍼灸用の鍼は、先端に穴が開いておらず、そのままでは心筋細胞を注入できない。
そこで、太さ0.5mmの針の横に穴を開けるという特殊な形状になった。この特殊な注射針の製造は非常に難しく、福田教授は全国各地の中小企業を巡り、その結果、微細な金属加工を得意とするスズキプレシオン(栃木県鹿沼市)が製造を引き受けた。
日本の中小企業のモノづくり技術が課題克服に大いに役立った。
福田教授は今後の展開について次のように述べている。
「いま使用しているiPS細胞は、山中先生が作られた特別なiPS細胞です。いずれは、多くの人が免疫抑制剤を使わずに治療できるように、患者さん本人からiPS細胞を作って治療するいわば『My iPS細胞』の実用化ができればと思っています。」
「投与方法も重要です。今は開胸が必要ですが、実臨床では心臓外科の施設がある病院ばかりではありませんし、バイパス手術が必要でない患者もいる。そのため、(血管からの)カテーテルでの投与についても研究を進めています。」
「研究の道のりというのはまさに、"ネバーエンディングストーリー"なんです。」
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日本医師会医学賞は、医学上重要な業績をあげたものに授与されるもので、今回、「難治性重症心不全に対する再生心筋細胞移植による新規治療法の確立と産業化」の研究題目で受賞した。
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