浜 矩子教授が5月21日付の毎日新聞に「さらばユーロの煉獄と地獄」でユーロ解体論を書いている。
彼女は2年前にギリシャ債務問題について、「救うも地獄、見捨てるも地獄」と書いた。
ギリシャ救援を続ければ共倒れの一連托生をもたらす。
いずれ、救う方はカネが尽きる。救われる方は、そのために払うべき犠牲が大きすぎて力が尽きる。見捨てれば、ギリシャは突如として命綱を断ち切られる。
ユーロ圏は、仲間を救うことのできない非力さが露呈、存続の危機が訪れる。
しかし今は、「救うは地獄。見捨てるは、実は煉獄」と書き改めるとしている。
煉獄とは、天国と地獄の中間地点で、ここでしばらく火に焼かれていると、魂は清められたたき直されて、罪のくびきから解放される。
「ギリシャがユーロ圏に勘当された場合、あるいは、ギリシャ側が癇癪を起こして親子の縁を切った場合、ひとまずは、それこそ地獄の辛酸をなめることになるだろう。何しろ、債権者たちは押し寄せて来る。支援者は誰もいない。追い詰められることは間違いない。」
「だが、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。ひとまず何とか踏ん張れば、自由の身だ。自国の経済運営を、自分で取り仕切ることができる。金融政策も、財政政策も、そして為替政策も。ほかの誰かが決めたルールに振り回されることはなくなる。身を切るようにつらくても、自分で決めて自分でやっていることならば、文句はいえない。文句をいう相手もいない。存外に爽快な痛みであるかもしれない。
」
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ユーロ誕生前の1979年~1999年に欧州通貨制度(EMS:European Monetary System) があり、英国も加盟した。
欧州経済共同体の加盟国による地域的半固定為替相場制のシステムで、 通貨変動を年±2.25%以内に抑えることを原則とした。
1990年の東西ドイツ統一で、旧西独による東独への投資が増大し、欧州の金利がアップ、この結果、欧州通貨が上がり、英ポンドもこれに連動して過大評価されていった。
1992年にGeorge Sorosがポンド相場は実勢に合わないほど高止まりしていると考え、100億ドル相当のポンドの売り浴びせを行った。
この結果、1992年9月15日にはポンドは変動制限ラインを超え、イングランド銀行はポンド買いを行うとともに、公定歩合を10%から12%、更に15%へと1日に2度上げたが、売りは止まらなかった。
9月17日に英国は公定歩合を10%に戻し、EMSから離脱した。ポンドは変動相場制に移行した。
Sorosはイングランド銀行との勝負で約20億ドルの利益を得たとされる。
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「(EMS離脱後の)英国は、為替レートを特定水準に固定する義務から解放されたため、実に伸び伸びと成長路線を突っ走った。」
「ことここにいたった以上は、ユーロ圏全体として煉獄行きを目指してはどうか。要はユーロ圏解体である。誰もがみな、自由度が増して責任感も強まる。責任のなすりつけ合いができなくなる分、誠実な付き合いができるようになるだろう。元来、無理のある欧州通貨統合だった。無理な家族化よりも、無理なきご近所付き合いの方が、むしろ、絆は強まるかもしれない。」
2012/5/15 ギリシャ、再び混迷
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