三菱ケミカル、再生医療Muse 細胞の承認申請取り止め

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三菱ケミカルホールディングスのJean-Marc Gilson社長は12月1日の経営方針説明会で新経営方針「Forging the future 未来を拓く」を発表した。

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席上、グループ会社の生命科学インスティテュートが開発を手掛けている再生医療Muse 細胞について、脳梗塞の適応で2021年度に承認申請、2022年度に承認取得を予定していたが、「非常に慎重に検討してきた結果、日本での限定的な臨床試験に基づく条件・期限付き承認の申請を取りやめることにした」と明かした。

日本における限定的な臨床試験のみでは、米国やEU市場でのポテンシャルが大きく制限されることを理由に挙げ、「当面はMuse細胞の作用機序に関する科学的理解を深め、準備が整った段階で完全な第3相試験に向けて取り組んでいく」と述べた。

Muse細胞の開発では、脳梗塞の他、心筋梗塞、表皮水疱症、脊髄損傷、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、新型コロナウイルス感染症に伴う急性呼吸窮迫症候群を対象とした臨床試験を行っている。(詳細下記)

しかし、 Gilson社長は「10年以内にMuse細胞が当社の収益に貢献することは期待できないだろう」と述べた。

ミューズ細胞への期待が高かっただけに、この発言が投資家の失望につながり、株価が下がった。


なお、カナダの子会社
Medicago Inc. による新型コロナワクチン(MT-2766)について「第3相試験結果の分析を終えようとしているところであり、大変有望な結果となりそうだ」と述べた。

カナダでは12月中の承認申請を予定しているが、米国、日本での申請時期はまだ確定していない。

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北米では他に、経口ラジカヴァ製剤(MT-1186)を2022年度、赤芽球性プロトポルフィリン症およびX連鎖性プロトポルフィリン症治療薬(MT-7117)を2023年度、パーキンソン病治療薬(ND0612)を2024年度に上市を目指しており、これら4品目で2025年度に1300億円以上の売上への貢献を見込んでいる。 (但し、すべてが承認を得て上市でき、そのうえで競合品に勝てるかどうか、不明である)


新経営方針「Forging the future 未来を拓く」では、ヘルスケア(ワクチン、中枢神経、免疫炎症)を最重要戦略市場の一つに位置付けているが、
Gilson社長は「医薬品事業を現在の規模よりも大きく成長させる方法を積極的に検討しており、中長期的には日本での売上が大半を占める製薬会社のままでいるということは現実的なオプションではないと考えている。違う可能性を検討していく」と述べた。

医薬品は開発から承認取得まで時間がかかり、効能、副作用、他社との競合などで撤退せざるを得ない可能性も非常に高い。「大きく成長させる」には買収しかないが、各社とも目ぼしい買収先を探しており、買収金額は高騰している。

武田のShire 買収は6.2兆円であった。AstraZenecaは7月に希少疾患用医薬品の開発を手掛ける米バイオ製薬会社 Alexion Pharmaceuticalsを買収したが、買収額は390億ドルであった。

2019/1/5 武田薬品、1月8日にShire plcの買収完了へ
2015/5/9 米希少病治療薬メーカーのAlexion、同業のSynageva BioPharmを買収 付記

これらの場合は既に市販している製品が多いため高額になったが、新規企業で有望な開発品をもつ場合、逆に開発品が上市できないリスクを持つ。

今後に注目である。

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三菱ケミカルホールディングスは2015年5月、生命科学インスティテュートが次世代医療事業の中核と位置付ける再生医療分野への参入を図るべく、Muse細胞 (Multilineage-differentiating stress enduring cells)を利用した再生医療開発を進める㈱ Clioの全株式を取得し、連結子会社とする と発表した。

Muse細胞は、2010年に東北大学の出澤 真理教授のグループによって発見された、生体に存在する新しいタイプの多能性幹細胞で、血液や骨髄、各臓器の結合組織に存在し、内胚葉(肺や肝臓、膵臓など)、中胚葉(心臓や腎臓、骨、血管など)、および外胚葉(神経組織や表皮など)の様々な細胞に分化する能力を持っている。

もともと生体内に存在するので、安全性への懸念が低く、また、腫瘍化のリスクも低いという特徴がある。

これらの性質から、様々な疾患を対象にした再生医療にMuse細胞を応用することが注目されている。

Muse細胞による再生医療は、ドナーから採取したMuse細胞をそのまま静脈内に点滴で投与する。遺伝子の導入や事前の分化誘導が必要なく、外科手術も必要ない。

間葉系幹細胞の特徴として免疫応答が寛容なため、自分の幹細胞でなくともドナー由来の他家幹細胞を利用することが可能で、Muse細胞製剤は凍結保存しておけば、必要な時に医薬品のように使用できる。

投与されたMuse細胞は、傷ついた臓器が発するSOSシグナルに導かれて遊走し、傷害部位に集まり、傷害臓器に応じた細胞・組織に自発的に分化し、そこに生着して傷害された組織や臓器を修復していく。その結果、傷害を受けていた臓器の機能が回復する。

Muse細胞による再生医療には、次の特徴があり、患者にとって身近な治療方法となる可能性がある。

  • 遺伝子導入が不要であり、腫瘍化を含めた安全性への懸念が非常に低い
  • ドナーの細胞(他家細胞)をそのまま投与しても拒絶反応が起こりにくいため、ドナーマッチングが不要
  • 事前の分化誘導が不要なため、必要な時にすぐに投与ができる
  • 静脈内に点滴で投与するので、侵襲が少ない


素人目には素晴らしいものである。

「日本における限定的な臨床試験のみでは、米国やEU市場でのポテンシャルが大きく制限される」のであれば、欧米企業との提携で大々的に開発を進める手はないのだろうか。

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