建設現場でアスベスト(石綿)を吸い、健康被害が生じた元労働者や遺族らが建材メーカー12社に損害賠償を求めた東京第1陣訴訟の差し戻し審で、東京高裁は2024年12月26日、7社が原告282人に計約40億円の和解金を支払う内容の和解案を提示した。
弁護団によると、増田稔裁判長はこの日の協議で「早期全面解決を願って提案した」と述べた。
東京第1陣訴訟は2008年に起こされた。
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最高裁は2021年5月17日、この訴訟を含む4件の上告審判決で、適切な規制を怠ったのは違法だとして国の責任を認定した。東京第1陣訴訟については、メーカーの損害への関与度を原告ごとに検討する必要があるとして、審理を高裁に差し戻した。
本件の経緯は下記の通り。
国 | メーカーの責任 | 一人親方への責任 | |||||||
最高裁第一小法廷 | 横浜地裁 | 東京高裁 | 2017/10 | 〇 | 〇 | X | 労働関係法令が保護対象とする「労働者」には当たらず、国は賠償責任を負わない。 | ||
事後 | 最高裁 | 2022/6/3 | X | 1名差し戻し、4名棄却 | |||||
東京地裁 | 東京高裁 | 2018/3 | 〇 | X | 「健康被害との因果関係が立証されていない」 | 〇 | 建設現場で労働者とともに作業に従事 | ||
最高裁 | 2020/12 | 〇 | 2021/2/25に弁論 | 〇 | |||||
京都地裁 | 大阪高裁 | 2018/8 | 〇 | 〇 | 〇 | 労働安全衛生法には「労働現場で生じる健康障害について労働者以外の保護を念頭に置いた規定がある」 | |||
最高裁 | 2021/1 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||
屋外作業1名:3/22に弁論 | |||||||||
大阪地裁 | 大阪高裁 | 2018/9 | 〇 | 〇 | 〇 | 労働安全衛生法上の保護対象ではないが、国の違法行為があれば保護されるべき | |||
最高裁 | 2021/2/22 | 〇 | 〇 | ||||||
屋外作業1名:4/19に弁論 |
最高裁第一小法廷が担当する4件のうち、横浜分を除く3件は既に判決が出ているが (横浜は2021/5判決以後に出た)、いずれも理由なしで原告または被告側の上告を却下し、一部の賠償が確定していた。また高裁判決の一部については判断をせず、その後に弁論を開き、双方の意見を聴取した。
一人親方への責任、メーカーの責任、屋外作業者への責任で、判断が分かれていた。
このため最高裁は横浜地裁の件も含め4件について最高裁第1小法廷(深山卓也裁判長ほか4人の5裁判官)で審理し、2021年5月17日に最高裁としての判断を下した 。裁判官5人全員一致の意見である。
(国の責任)
国は石綿の吹き付け作業を禁じた1975年10月1日には、肺がんや中皮腫の危険性を認識していたと指摘した。
建設事業者に労よ働者への防じんマスク着用を義務付けたり、建材に危険物と表示するようメーカーを指導したりすることを怠ったとし、国が石綿使用を原則禁止した2004年9月30日までの29年間を違法と判断した。
(メーカーの責任)
メーカーが警告表示なしに建材を販売し、元労働者らに石綿を吸わせる結果になった点も違法と認定した。
労働者は複数の現場で作業するため、 「複数の企業が個別にどの程度の影響を与えたかは不明」だが、シェアの高いメーカーの製品は現場に届いた可能性が高いなどとして各社の共同不法行為(民法719条1項後段類推適用)を認め、「各社は連帯して損害賠償責任を負う」とした。
東京高裁判決の12社のうち、シェア上位企業10社を対象とし、メーカーごとの責任の範囲や賠償額については、高裁で審理することを命じた。
(救済対象)
労働者のほか、労働法令では労働者とみなされない個人事業主の「一人親方」についても、「労働者と同等に保護されるべきだ」として救済対象に含めた。
一人親方を救済しないことは「合理性を欠き、違法」だと結論付けた。屋内作業者が対象となる。
解体工については国の責任は認めたが、メーカー責任は認めず。
(メーカーの場合、仮に警告表示していたとしても、解体時には警告を認識できないため、被害は回避できない。)
主に屋外で作業していた元労働者への責任は「国やメーカーが危険を認識できたとは言えない」として認めなかった。
屋外作業でのアスベスト濃度について、「規制値を下回っていたとするデータもある」などとして訴えを全面的に退けた。
国 建材メーカー 対象職種 屋内作業者 〇 〇 解体工 〇 X 屋外工 X X
2021/5/19
最高裁、建設アスベスト訴訟で 国と企業の責任認める
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東京第1陣訴訟の差し戻し審で、東京高裁は2024年12月26日、7社が原告282人に計40億2956万円の和解金を支払う内容の和解案を提示した。裁判所は別紙含めて1100ページにわたる書面をもって、個々の一審原告ごとに具体的な和解金額を示した和解案を提示した。
本和解案の対象は、一審原告347名のうち解体工等を除く306名である。このうち、経験した現場の数が基準に満たなかった元労働者ら24人は和解金支払いの対象から外れた。
和解案の具体的な内容は、建材メーカー12社のうち7社(エーアンドエーマテリアル、太平洋セメント、ナイガイ、ニチアス、日東紡績、ノザワ、エム・エム・ケイ)に対して一審原告ら282名に総額金40億2956万円の和解金を支払えというものである。
本和解案の特徴は、全ての建材メーカーらに警告義務違反を認めたこと、概ね10%のシェアを有する建材メーカーについては建材が現場に到達した事実を認めたこと、建材メーカーの基本寄与度を40%から50%と認めたこと、基本慰謝料額を建設アスベスト給付金と同一額を認めたことであり、この点は弁護団は評価した。
改修・解体作業での石綿粉じん曝露を中心とする解体工等の一審原告41名については、2022年6月3日の神奈川2陣最高裁判決が解体作業従事者に対する建材メーカーらの警告表示義務を否定するという判断をしたが、これを是正するには差戻審をはじめとする同種訴訟で適正な判決を得る必要があることから、本和解案の対象にはされておらず、今後、差戻審において判決が言い渡される予定である。
最高裁判所第2小法廷は2022年6月3日、原告5名との関係で、原告らのニチアス及びA&Aに対する請求を認めた東京高裁の判決を破棄し、原告1名について審理を東京高裁に差戻し、原告4名について原告らの請求を棄却する判決を言い渡した。
建物の解体作業に従事した被災者との関係で、建材メーカーらの警告義務違反を認めた東京高裁判決を取り消すものである。
なお、東京高裁に差戻しとなった1名の原告は、建物の解体作業以外の建築作業に従事した経歴を有することから、損害の額等について更に審理を尽くさせる必要があるとして差戻しとなったもの。建築現場では、石綿の危険性や石綿粉じん曝露防止策の必要性が全く周知されていなかったため、多くの建築作業従事者が無防備な状態で作業に従事し、石綿粉じんに曝露することになった。このような状況は、建物の解体作業に従事した被災者との関係でも全く同じであった。
ところが、最高裁は建物の解体までには長期間を経るのが通常であり、その間に注意書の紛失等の事情が生じ得ること等を指摘し、いずれも警告表示の方法として実現性又は実効性に乏しいと判断して、建材メーカーらに建物の解体作業に従事した被災者との関係では警告義務を認めなかった。
弁護団は次のように述べた。
提訴から最高裁判決まで約13年、差戻審の本和解提案に至るまでに約16年経過し、一審原告らのうち既に9割以上が亡くなっている。これ以上の解決の先延ばしは非人道的であり許されない。
本和解案は、差戻審での2年半にわたる審理と、結審から本日の和解所見提示まで1年を要して出されたものであることから、われわれは判決と同等の重みをもつものとしてその重大性を真摯に受け止め、可能な限り早期に和解案に対するわれわれの態度を表明する所存である。
建材メーカーらに対しては、最高裁判決後の差戻審の和解案であるという重みを踏まえて本和案を検討することを求める。一審被告メーカーらがいたずらに本和解所見を拒否し判決を選択すれば、さらに解決が引き延ばされる事態となる。このような事態は、非人道的であり、企業の社会的責任を放棄するもので到底許されるべきではない。
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