米食品医薬品局(FDA)は1月15日、菓子や漬物などに使われる合成着色料「赤色3号」について、ラットでの発がん性の懸念を理由に使用許可を取り消した。
数十年前から科学者や公益団体により人体への影響についての懸念が指摘され続けていたが、ラットの実験(後記)で発がん性リスクが認められた。
2023年にカリフォルニア州が全米で初めて食品への赤色3号の使用を禁止した。これを受けて、赤色3号の使用禁止の動きが一気に加速した。
FDAの決定を受け、全米の食品メーカーは2027年1月までに赤色3号の使用中止や切り替えが義務づけられる。
伊東消費者担当相は会見で「日本では人の健康を損なう恐れのない添加物として指定され、使用が認められている」と安全性を強調した。
消費者庁は、「米国における決定の内容を精査し、米国以外の諸外国における動向なども踏まえ、科学的な見地から食用赤色3号の食品添加物としての使用を検討していく予定」としている。
しかし、FDAの本件についての発表は奇妙なものである。
「FDAは、連邦食品・医薬品・化粧品法(FD&C法)のデラニー条項(Delaney Clause)により、法の問題としてFD&C Red No.3(赤色3号)の使用許可を取り消す。」
「法の問題」であり、「安全性の問題ではない」としている。安全性には問題ないが、法律に従えば禁止せざるを得ないため、禁止するということ。
FDAは赤色3号には安全性に問題がないため禁止しないでいたが、NGOの弁護士に強く指摘されたので、やむを得ず対応した。
FDAは経緯を説明している。
- 1960年のFD&C法改正でデラニー条項が制定された。
この条項は食品添加物あるいは着色料がヒトまたは動物にがんを誘発することがわかった場合、それを認可してはならないと定めている。
- 赤色3号は1969年に食品と医薬品に使用できる恒久リスト掲載着色料として認可された。
- 1990年にFDAは化粧品と局所用医薬品への赤色3号の使用を暫定リストから恒久リストにする請願に対応した。その際の承認プロセスの一環として調べた情報の中に赤色3号がラットに発がん性を示すデータがあったためFDAはデラニー条項に基づき、この請願を却下した。
- 1992年、FDAは上記の雄ラットで観察された影響を理由に、デラニー条項により赤色3号の食品および医薬品への使用に関する恒久リストを取り消す意向を発表した。しかしその時点で安全上の懸念はなく、リソースに限りがあるとして対応はしなかった。
- 2022年、Center for Science in the Public Interest(CSPI)をはじめとする環境団体等の合同による赤色3号のデラニー条項該当を主張する請願により対応を迫られた。
- 2025年(今回)、赤色3号をデラニー条項のため食品と医薬品に使用できる恒久リストから外すことを決定した。
赤色3号がラットに発がん性を示すデータがあるため、デラニー条項で認可取り消しが必要だが、実際には安全性の懸念がないため、放置していた。しかし、環境団体がデラニー条項を理由に取り消しを求めたため、安全性には問題ないが、法に基づき恒久リストから外すというもの。
後記のとおり、デラニー条項は、ヒトには当て嵌まらないような実験条件であっても、とにかくがんができたものは全て認可してはならないという もので、食品添加物以外では法律からデラニー条項は廃止されている。この条項をどうするか(廃止するのかどうか)を考える必要がある。
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赤色3号:エリスロシン (erythrosine) は、食用タール色素に分類される赤色の合成着色料の1つである。
米国では100年以上前から使用が認められている。加熱などに対して安定性が高く、食品の色味付けに使われる。
日本では菓子や漬物、かまぼこなどに使われている。
デラニー条項(Delaney Clause)は1950年代にJames Delaney下院議員により導入された一連の食品に添加される化学物質の安全性を強化するための条項で、残留農薬については1954年、食品添加物 は1958年、色素については1960年に関連法律に追加された。
デラニー条項は、 これらの法律で認可をするにあたって、ヒトや動物で発がん性が確認された場合には認可してはならないというもので、ヒトにはあてはまらないような実験条件であっても、とにかくがんができたものは全て認可してはならないという もの。
まず、農薬が残留する加工食品の販売が禁止され、その後、適用範囲が着色料、動物用薬品、飼料に拡大された。
しかし、このゼロリスク思想は現実的には多くの矛盾点があった。主な矛盾点としては、
①分析技術の進歩により、微量な化学物質も検出可能となり、検出限界である安全レベルがどんどん低くなってしまうこと。
②発がん性の有無だけが強調されているため、他の毒性が低くて、安全性の高い化合物ができても、わずかの発がん性のため代替できないこと。
③人工化学物質のみを対象としているため、天然由来の発がん物質は無視されていること。
④動物実験の発がん性試験は、必ずしも人に対する発がん性と一致しないこと、などが挙げられる。
これらのことから、1996年「食品品質保護法」の制定とともにデラニー条項は廃止された。ただし、理由はあきらかでないが、食品添加物 だけは廃止されず、今に至っており、今回「赤色3号」の使用許可が取り消された。
今回、デラニー条項が適用された理由の「発癌」データは1件だけのデータである。
Food Chem Toxicol. 1987 Oct;25(10):723-33 Lifetime toxicity/carcinogenicity study of FD & C Red No. 3 (erythrosine) in rats - PubMed 末尾にAbstract の邦訳
実験動物として広く使用されるラット:SDラットに赤色3号0, 0.1%, 0.5%, 1%あるいは 4%を含む餌を30ヶ月与えたところ甲状腺濾胞細胞腺腫とがんが雄の4%群で統計的有意に多かったというもの。1%までの濃度での用量相関はなく、4%群のみで影響が観察され た。
餌に、重量比4%もの大量の赤色3号を混ぜたものを30カ月間にわたって毎日食べさせ続けるという絶対に起こりえない状況で癌が発生したというもので、重量比1%(これも起こり得ない状況)では癌は発生していない。
消費者庁の調査によると、一般的な食生活を送る20歳以上の日本人が1日当たり摂取する赤色3号の量はわずかで、体重1キロ当たり0.05マイクログラム。
しかも後になって、発癌は甲状腺ホルモンへの影響の結果の二次的な腫瘍であることが分かった。
赤色3号はラットの甲状腺ホルモンのT4をT3(活性型)に変換する作用を抑制し、甲状腺ホルモンが足りないと感知されて下垂体から甲状腺ホルモン刺激ホルモン(TSH)が多く分泌されるようにな る。甲状腺は長期的にTSHによる刺激を受けるとがんリスクが高くなる。
この甲状腺ホルモンとTSHの動態はヒトとラットでは相当異なることがわかっていて、ラット試験での甲状腺への影響はヒトにはほぼ 当てはまらない。
大量の赤色3号を30ヶ月間、毎日食べさせるという起こり得ない状況で初めて癌が発生し、それもヒトには当てはまらない理由で発生した。
この理由で、FDAはヒトの安全性についての問題ではないとし、法の問題として赤色3号の使用許可を取り消すとした。
「科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体FOOCOM」の畝山 智香子 氏の論文を元にした。
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Food Chem Toxicol. 1987 Oct;25(10):723-33のAbstract の邦訳(ChatGPTによる) :
FD&C Red No. 3(食用赤色3号)は、2つの長期毒性・発がん性試験において、Charles River CDラットに飼料添加物として投与された。本試験は、子宮内曝露(in utero)フェーズとF1世代フェーズで構成されている。前者では、F0世代のラット(各群60匹ずつ、雄雌別)に対し、0.0%、0.0%、0.1%、0.5%、1.0%(「オリジナル試験」)および0.0%、4.0%(「高用量試験」)の濃度で化合物を投与した。同時対照群には基礎飼料のみを与えた。F1世代の動物を無作為に選定した後、長期試験フェーズが開始され、同じ飼料濃度を用い、各群70匹の雄雌ラット(3つの対照群を含む)を対象に試験を実施した。最大30か月間の暴露が行われた。
子宮内曝露フェーズでは、試験物質に関連する影響は認められなかった。F1世代の雌ラットにおいて、4.0% FD&C Red No. 3(3029 mg/kg/体重/日)を摂取した群では、全試験期間を通じて対照群と比較して有意に体重が低下した(P < 0.01)。すべての処理群で、投与量依存的に飼料摂取量の増加が観察された。一方、血液学的検査、血清化学検査、尿検査には有意な影響は認められず、生存率にも試験物質に関連する影響はなかった。
4.0% FD&C Red No. 3(2464 mg/kg/日)を投与された雄ラットでは、甲状腺重量の増加が観察され、対照群の平均44 mgに対し、投与群では92 mgであった。また、甲状腺濾胞細胞の肥大、過形成、腺腫の発生率が統計的に有意に増加していた。一方、雌ラットでは、0.5%、1.0%、4.0% FD&C Red No. 3のいずれの濃度でも、甲状腺濾胞腺腫の発生率の数値上の増加が認められたが、統計的有意性はなかった。
本試験で設定された無毒性量(NOAEL: no-observed-adverse-effect level)は、雄ラットで0.5%(251 mg/kg/日)、雌ラットで1.0%(641 mg/kg/日)であった。
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