エントロピー効果により新規強誘電体窒化物を発見

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東ソーと東京科学大学(旧東京工業大学)は、新規強誘導体窒化物に関する共同研究を行っているが、2種類の元素を混合することで元素の取り込み量が増加する「エントロピー効果」を応用し、窒化アルミニウム(AlN)と窒化ガリウム(GaN)を合金化することによって、従来よりスカンジウム(Sc)元素を多く結晶に取り入れた膜が作製可能であることを世界で初めて見出した。

さらに、スカンジウム(Sc)を多く含むことによって、メモリ動作の低電圧化・劇的な低消費電力化が実現できることを発見した。

強誘電体外部電場を取り除いても、物質が自発的に分極状態を保持する性質を持つ物質のことで、この性質を利用して、不揮発性メモリや圧電デバイスなどの分野で応用が期待されている。

新規強誘電体窒化物の例: 

窒化アルミニウム(AlN)にスカンジウム(Sc)を添加したもの:薄膜化しても強誘電性の劣化が少ないことが特徴。強誘電体トンネル接合(FTJ)メモリへの応用が期待されている。

窒化ガリウム(GaN)にスカンジウム(Sc)を添加したもの:従来の窒化物材料よりも低い電圧で動作する強誘電体メモリを実現できる可能性がある。これにより、不揮発性メモリの低消費電力化に貢献することが期待されている。

東ソーは半導体製造にかかせない薄膜を形成する材料としてターゲット材を製造・開発している。薄膜は、基板上に形成される非常に薄い膜で電子部品の機能や性能の実現に重要な役割を持っている。

青色LEDで使用されている窒化アルミニウム(AlN)と窒化ガリウム(GaN)は、結晶のプラスとマイナスの中心位置がずれた構造を有しており、電圧を印加する方向によって、その方向を変えることができ、電源を切ってもデータを保持することができるメモリ機能を持っている。

スカンジウム(Sc)を結晶に取り込むとメモリ機能の動作電圧が低下し、劇的な低消費電力で動作するメモリが実現できることが知られている。

しかしスカンジウム(Sc)元素を結晶に取り入れられる量には限界があった。


今回、窒化アルミニウム(AlN)と窒化ガリウム(GaN)を合金化することによって、従来よりスカンジウム(Sc)元素を多く結晶に取り入れた膜が作製可能であることを世界で初めて見出した。この膜は従来知られている組成より低電圧でメモリ動作ができることから、エネルギー使用量が爆発的に増加している情報社会において、現在大きな問題になっているメモリの消費電力を劇的に低下することが期待できる。

また、大きな圧電性や電気光学効果も期待でき、6Gのスマートフォン等で必要な高周波のノイズフィルタや光コンピュータへの応用も期待される。

この成果は、2025年4⽉22⽇付で国際学術誌「APL Materials」に掲載された。          

Impact of film composition on crystal structure and ferroelectricity in (Al1−xyGaxScy)N ternary wurtzite thin films


本研究では、アルミニウム・スカンジウム・ガリウムの各窒化物(AlN-ScN-GaN)の3成分系について、系統的な調査を行った。

その結果、AlNとGaNのみの場合に対して、AlNとGaNを合金化することによって、結晶に取り込むことができるスカンジウム(Sc)量が増加することが明らかになった(図1の濃いピンク色の部分)。

特にAlNのAlの約10%-30%をGaに置き換えることで、結晶に取り入れられるスカンジウム(Sc)の量を40%から約50%に増やすことに成功した(図1の青い枠)。

窒化アルミニウム(AlN)-窒化ガリウム(GaN)- 窒化スカンジウム(ScN)の組成による構成相。
 薄いピンク色の部分は、強誘電性が発現するウルツ鉱構造結晶構造が維持されている範囲。 
 濃いピンク色の部分が窒化アルミニウム(AlN)と窒化ガリウム(GaN)を合金化したことによって、新たにスカンジウム(Sc)を固溶できるようになった組成分野。
 白色の部分は強誘電性が発現しない(ウルツ鉱構造ではない)部分。


今回の成果には、以下のような波及効果があると考えられる。

超低消費電力メモリの実用化

窒化アルミニウム(AlN)や窒化ガリウム(GaN)は、強誘電性や、電源を切ってもデータを保持できる不揮発性を有するため、超低消費電力で高速動作可能な強誘電体メモリへの応用が期待されている。スカンジウム(Sc)を多く含むことで超低電圧で動作する強誘電体を用いたメモリが実用化されれば、爆発的に増加する情報を扱ううえで、エネルギーを低減する切り札として大きなインパクトが期待できる。

特に、ウルツ鉱構造窒化物強誘電体は20万分の1ミリメートル(5ナノメートル)まで薄膜化しても強誘電特性の劣化がないことがすでに確認されているため、大きな強誘電性を生かして強誘電体のトンネル電流を用いた、強誘電体トンネルジャンクションと呼ばれる新たなメモリを実現できる。このメモリでは、理論的には1万倍以上のオン―オフ比が可能となり、磁性体を用いたメモリを凌駕する性能が期待される。

強誘電体トンネルジャンクションは強誘電体を電極で挟んだ構造のメモリ。強誘電体を薄膜化することで実現するメモリで最も理想的なメモリとされてきたが、従来の複合酸化物の強誘電体は薄膜化すると特性を失う"サイズ効果"があるため、不可能と考えられてきた。近年、酸化ハフニウム系強誘電体や窒化物強誘電体では、薄膜化しても強誘電性が劣化しないことが明らかになり、大きな注目を集めている。

大きな圧電性や電気光学効果を持つデバイスの実用化

強誘電性を有するウルツ鉱構造窒化物では、比誘電率の増加に伴って圧電性と電気光学効果が大きくなることが明らかになっている。AlNとGaNの合金では、AlとGaの組成に依存せず、Sc/(Ga+Al+Sc)比によって比誘電率が増加することが明らかになった。AlNとGaNの合金化によって、比誘電率が増加することが明らかになった本成果は、大きな圧電性や電気光学効果を用いた6G用のスマートフォン等の高周波のノイズフィルタや、光コンピュータへの応用も期待される。


エントロピー効果を用いた合金化による研究の加速

本研究は、金属の合金の合成で知られている、多種類の元素を混合することで元素の取り込み量が増加する"エントロピー効果"がウルツ鉱構造窒化物という電子材料でも有効であることを示した最初の例と言える。"エントロピー効果"を用いることが材料探索に有効であることが明らかになったことで、今後は、さらに多くの組成でウルツ鉱構造を有する複合窒化物群が発見され、これまで不可能と考えられていた広い範囲の特性発現が期待できる。

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