東京電力福島第1原子力発電所事故を巡る株主代表訴訟で東京高裁は6月6日、東電旧経営陣の賠償責任を認めない判決を言い渡した。
裁判長は「地震発生前の時点で(巨大津波の)予見可能性があったとは認められない」と判断した。旧経営陣4人に13兆円3210億円の賠償を命じた一審・東京地裁判決を取り消し、株主側の請求を棄却した。
株主側は判決を不服として最高裁に上告する方針。
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東電の株主42人は旧経営陣が対策を怠ったとして、2011年3月に
被告は、勝俣恒久元会長(24年に死去)、清水正孝元社長、武黒一郎元副社長、武藤栄元副社長、小森明生元常務
取締役らは、政府の地震予測(長期評価)などから巨大津波のリスクを認識していたにもかかわらず、適切な対策を怠った。
その結果、事故による巨額の損害を会社に与えたとしている。
これに対し、被告側は、「長期評価の信頼性は低く、巨大津波は予測できず、対策をしても事故は防げなかった」などとして、責任はないと主張した。
2022年7月に東京地裁の判決があった。
地裁は、長期評価の信頼性を認め、津波対策が必要だったと予見可能性を認めた。また、建屋などへの浸水を防ぐ「水密化」をしていれば事故が防げた可能性は十分にあったと結果回避可能性も認めた。
その上で、東電が事故後に負担した廃炉・汚染水対策▽被災者に対する賠償▽除染・中間貯蔵対策費用――から賠償額を算出し、勝俣恒久元会長(24年10月に死去)と清水正孝元社長、武藤栄、武黒一郎両元副社長――の4人に連帯して約13兆円を賠償するよう命じた。
判決は刑事責任ではなく、民事上の善管注意義務違反に基づく。
なお、小森元常務は就任が地震発生の半年前であり、責任はないとした。2022/7/21 福島第1原発事故 株主代表訴訟 東電元役員に13兆円命令
被告側、原告側双方が控訴した。控訴審では「長期評価の信頼性」や「実際にどこまでリスクを予見できたか」が再び争点となった。
旧経営陣側は控訴審で、長期評価には多数の専門家から異論があり、信頼性はなかったとし、水密化など事故後の知見で責任追及すべきではないと主張した。
一方、株主側は長期評価は信頼性のある知見で、水密化などの対策を先送りにしなければ事故は防げたと改めて主張していた。
2024年10月21日に勝俣元会長が逝去した。勝俣氏の訴訟は相続人が承継した。
2024年11月、控訴審が結審した。
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最高裁は本件について、過去に2回、判決を下している。
国の法的責任の有無について事実上決着がついた形となった。
裁判官4人中3人の多数意見で、三浦守裁判官(検察官出身)は「原子力安全・保安院(当時)と東電が法令に従って真摯な検討を行っていれば事故を回避できた可能性が高い」として国の責任を認める反対意見を出した。
主な争点は①原発事故の原因となった津波を予想できたかどうか②防潮堤の設置や原子炉建屋の浸水対策などの対策を講じていれば事故が防げたか--の2点。
判決は、国の地震調査研究推進本部が2002年に公表した地震予測「長期評価」に基づき、津波が最大15メートルを超えると予測した2008年の東電の試算には合理性があると判断。国が東電に対策を義務付けていれば、防潮堤が設置された可能性は高かったとした。
しかし、実際に発生した地震はマグニチュード 9.1で、想定された 8.2前後よりも規模が大きく、津波の到来方向も異なっていたことから、試算を基に防潮堤を設計していたとしても「大量の海水が敷地に浸入することを防ぐことはできなかった可能性が高い」と指摘。国が東電に対策を義務付けなかったことと、原発事故の発生に因果関係はないと結論づけた。
原告側が主張した原子炉建屋の浸水対策については「事故以前は防潮堤設置が津波対策の基本だった」とし、浸水対策は当時は知見がなく一般的な対策ではなかったとして必要性を認めなかった。
津波が予測できたかどうかや長期評価の信頼性については、明確な判断を示さなかった。
最高裁は2025年3月、業務上過失致死傷罪で強制起訴された旧経営陣2人の全面無罪を確定させている。
無罪が確定したのは、武黒一郎元副社長と、武藤栄元副社長。
2人は、2024年10月に84歳で亡くなった勝俣恒久元会長とともに、福島県の入院患者など44人を原発事故からの避難の過程で死亡させたなどとして、検察審査会の議決によって業務上過失致死傷の罪で強制的に起訴された。
裁判では、2002年に国の機関が公表した地震の予測「長期評価」の信頼性が主な争点となり、1審と2審は、「長期評価」などをもとに10メートルを超える津波を予測することはできなかったとして無罪を言い渡し、検察官役の弁護士が上告していた。
最高裁判所第2小法廷の岡村和美裁判長は「長期評価は当時の国の関係機関の中で信頼度が低く、行政機関や自治体も全面的には取り入れていなかった。10メートルを超える津波を予測できたと認めることはできない」として、裁判官全員一致の意見で上告を退ける決定をし、元副社長2人の無罪が確定した。
今回の訴訟の1審判決が旧経営陣の個人責任を認めた唯一の判決だった。
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今回の高裁の判決要旨は下記の通り。
原発で大量の放射性物質を拡散させる過酷事故が発生すると、わが国の崩壊にもつながりかねず、原子力事業者には、最新の知見に基づいて過酷事故を防ぐべき社会的、公益的責務がある。
旧経営陣が、注意義務違反に基づく損害賠償責任を負うと言うためには、過酷事故の原因になり得る津波が第1原発に襲来することを予見し得たことが必要。
予見できなければ、事故防止の措置を講じる義務も認識できず、無過失の旧経営陣に賠償責任を負わせることになり、許されない。
【予見可能性】
事故当時の第1原発では、10メートルを超える高さの津波が襲来することを想定した対策は講じられておらず、1~4号機の交流電源と主な直流電源は、敷地を超える津波には無防備な状態だった。
旧経営陣の注意義務違反が認められるには、国の「長期評価」などにより、速やかな対策を指示する必要があると認識できるだけの具体的な予見可能性が必要。
その場合、津波はいつ襲来してもおかしくない状況が前提となるはずで、旧経営陣が指示すべき内容は第1原発の運転を停止させ、事故防止のための工事を速やかに行うこと。
予見可能性を認めるには、こうした運転停止の指示を正当化し得る程度に合理性や信頼性のある根拠が必要。
【長期評価の合理性】
長期評価は、当時の地震学に関するトップレベルの研究者による実質的議論に基づき、国として一元的な地震の評価を行うためにとりまとめられたもので、原子力事業者も尊重すべきもの。
だが、十分な根拠までは示しておらず、策定した国の地震本部も地震発生確率の信頼性を「やや低い」と判断していた。
こうした事情を総合すれば、長期評価に実質的根拠があるとは言えず、旧経営陣に原発の運転停止を指示させることを法的に義務付けるだけの具体的な予見可能性があったことを認める根拠としては、十分ではない。
【旧経営陣の認識】
武藤栄元副社長は、旧経営陣の中で最も多く長期評価などの情報を得ていた。東電内の会議でも長期評価に関する説明を受けたものの、10メートルを超える津波が襲来する危険性について、切迫感や現実感を抱かせる内容ではなかった。
長期評価自体、公表から時間が経過しており、武藤元副社長が改めてその信頼性を確認しようとしたのは不合理とは言えない。
東電内の職務権限に照らすと、武藤元副社長以外の旧経営陣も切迫感を抱かなかったことはやむを得ず、旧経営陣の予見可能性や、任務懈怠としての注意義務違反は認められない。
【取締役の責任】
原発事故を経験した現在、原子力事業者の取締役には今後、注意義務の前提となる予見可能性について具体的なリスクを広く捉え、一層重い責任を課す方向で検討すべきだ。
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この判決について朝日新聞の佐々木編集委員は次のように述べている。
これでは原発の安全を守れない。そうとらえざるを得ない判決だ。
不断に対策を取る努力を否定し、事故は仕方なかったと言っているようなものだ。事故の当事者である東電の誰も責任をとらなくていいことになり、禍根を残しかねない。
原発の安全の一番の責任は、運転する電力会社にある。どうなると事故に至るかを最も熟知しているのも電力会社だ。
もし事故を起こせば、周辺に甚大な被害をもたらす。だからこそ原発は、常に「安全側」の判断が求められてきた。
例えば「危ない橋は渡らない」「石橋をたたいて渡る」といった言葉があてはまる。
選択肢があれば、より安全なほうを選ぶ。めったにない現象まで考慮し、想定を超えても大丈夫なように設計に余裕を持たせる。一つが機能を失っても、別の手段でカバーする。法令を守るだけにとどまらず、さらに安全になるよう追求し続ける――。
これは、事故前から当たり前の考え方だった。
しかし、今回の判決は、津波対策を取らなかった旧経営陣の判断を容認した。
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