オランダ政府は2025年9月30日に経済安全保障上のリスクを理由に、中国企業の傘下にある半導体メーカーNexperiaの経営権を掌握するという、極めて異例の措置を発動した。
中国側は完成品の輸出を規制する形で対抗しており、同社製半導体に依存する欧州自動車メーカーの間に懸念が広がっている。(日本メーカーも)
オランダのカレマンス経済相は10月21日、中国の王文濤商務相とNexperiaを巡る対立について協議したが、解決策は見いだせなかった。
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Nexperia はオランダのフィリップスから分離した半導体メーカーで、オランダのNijmegenを拠点とする。 自動車向け電子部品(ダイオード・トランジスタ・MOSFETなど)などを手掛けている。
2006年にNXP Semiconductors N.V がフィリップスの半導体部門より分社化して誕生した。
2017年にNXP Semiconductors N.V のスタンダードプロダクト事業部門が独立し、Nexperiaとなった。
2016年に中国の金融投資家コンソーシアムが約27億5000万米ドルで買収。その後2019年に、スマートフォン設計製造受託および半導体事業を展開する聞泰科技(Wingtech Technology)に買収された。
それ以来、Wingtechの子会社として自動車産業や民生用電子機器向けの半導体を生産している。
Nexperiaは欧州、アジア、米国に1万2500人以上の従業員を有し、自動車、産業機器、モバイル、民生アプリケーションまで幅広い市場に向けて成熟半導体製品を展開。年間1100億個以上を出荷している。各種報道によれば、特に自動車業界向けだけで年間630億個の部品を供給しているといい、世界の自動車サプライチェーンにおいて重要な一角を占めている。
Nexperiaはドイツと英国にウエハー製造拠点を持ち、マレーシアとフィリピンにもパッケージング・検査工場を有しているが、中国・広東省東莞市のパッケージング・検査工場は最大規模であり、全世界の約70%のパッケージング工程を担っている。
聞泰科技の資料によれば、中国国内の生産能力はNexperia 全体の約80%(主に後工程のパッケージング・検査)を占め、中国市場の売上比率は全体の約50%に達している。
2025年10月1日、オランダ政府は「Goods Availability Act」(物品供給法)という供給確保・重要物資確保のために使われる極めて例外的な法律を根拠に、Nexperia に対し「経営決定(資産・人員・知財・事業運営)を政府がブロック/逆転できる措置」を講じた。
同法は冷戦時代の1952年、戦争などの災害を想定して制定された法律で、非常時に重要物資の供給を確保するため、民間企業への政府介入を認めるもの。実際に適用されるのは極めて異例。
この命令でNexperiaは一時的に政府管理下に置かれ、これまで通り業務を継続できるものの、政府がNexperia取締役会の決定を阻止または覆す権限を有することになる。政府は次のように説明している。
「物品供給法の発動は極めて例外的な措置だ。Nexperiaにおけるガバナンス上の欠陥が重大かつ緊急性を帯びているため、本法の適用が決定された。これらの兆候は、オランダおよび欧州域内における重要な技術的知識と能力の継続性および保護に対する脅威を呈していた。これらの能力を失うことは、オランダおよび欧州の経済的安全保障に対するリスクをもたらす可能性がある」
オランダ政府が懸念しているのは、Nexperia の欧州における製造・技術能力・知財が「将来中国に移転される/欧州から離脱する」リスクである。
裁判所も Nexperia の現経営に「信頼できる経営・適切な取引・ガバナンスに疑念がある」との判断を下した。
具体的には、
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Nexperia の中国人CEOであった 張学政がオランダ当局・裁判所の判断を受けて取締役・CEO職から実質的に外され、独立した非中国人取締役が決定票を持つ形で体制が再編された。
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Nexperia及びその全世界の子会社・支店・事務所に対し、最大1年間にわたり資産・知的財産・事業運営・人員に関する一切の調整を行わないよう命令が下った。
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Wingtech 側はこの措置について「地政学的バイアスに基づいた過剰介入」であると反発している。
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Wingtechによると、裁判官は審理を行わずに要請を認め、張氏のNexperiaにおける取締役職の停止に加え、Wingtechにおける非執行役取締役職の職務執行も停止した。
さらに、裁判官は決定的な議決権を持ちNexperiaを代表する独立した非中国人取締役の任命をも命じたとのこと。
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なお、Nexperia内では親会社Wingtechに対する反発があり、Nexperiaの株式の支配権を中国人株主から剥奪した上で独立した第三者に譲渡することを求める緊急審理を、Nexperiaの幹部3名がオランダの控訴院に提出したと伝えられている。
なお、米国当局がオランダ当局に対して「Nexperia のCEOが中国人オーナーのままだと米国市場アクセスに重大な影響が出る可能性がある」と警告した内部文書・裁判資料が報じられている。
中国側の反応・報復措置
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このオランダの措置を受けて、中国政府・関係機関からは強い反発が出ている。
中国商務部などが「欧州企業・中国企業への差別的取扱い」「国家安全保障という名の過剰介入」との声明を出している。
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更に、中国 商務部は10月4日にNexperiaおよびその委託先に対し、特定の半導体製品・部品の輸出を禁止する通知を出した。このため、同社製半導体に依存する欧州自動車メーカーの間に懸念が広がっている。(日本メーカーも懸念)
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10月19日、Nexperia(中国)は「全社員は中国法人の指示に従い、法定代表者の承認を得ていない外部からの命令には従う必要がない」とする公開書簡を発表した。経営陣が事業運営の安定を確保し、外部からの干渉を阻止する方針を強調している。
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