2025年6月アーカイブ

奈良先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科 バイオサイエンス領域の松田泰斗准教授(元 九州大学大学院講師)と九州大学大学院医学研究院の中島欽一教授らのチームは、ヒトを含む哺乳類の脳内の海馬という記憶などを司る部位の神経幹細胞が加齢に伴い機能低下する現象は、遺伝子の働きを可逆的に調整するエピジェネティック修飾を制御する酵素「Setd8」の働きの低下によって引き起こされることを明らかにした。

本研究ではまず、神経幹細胞の機能に関わる遺伝子DNAの発現と、その制御機構をマウスの実験で解析したところ、加齢による神経幹細胞の機能低下に伴って、遺伝子DNA分子の塩基配列自体は変えずに、DNAを取り巻くタンパク質の構造変化などで発現を可逆的に制御する「エピジェネティック制御」(遺伝子のDNAの順番を変えずに、遺伝子のオン・オフを制御するメカニズム)が働き、遺伝子発現が低下することを突き止めた。

次いで、このデータを基に、加齢による変化に関与する主要な因子として Setd8 を特定した。

Setd8は、ヒストンH4の20番目のリジンに一重メチル化(H4K20me1)を施す酵素。この修飾は細胞の増殖老化の制御に関与しており、
Setd8の発現低下神経幹細胞の機能低下を引き起こす。

さらに、海馬の神経幹細胞に対し、特異的に Setd8 の発現を抑制すると、神経幹細胞の枯渇が通常よりも早期に進行し、新生神経細胞の減少や記憶・学習機能の低下が引き起こされることを確認した。

一方で、Setd8 の発現を一時的に抑制した場合には、神経幹細胞の機能低下が一過性であり、Setd8 活性の回復によって再び正常な機能を取り戻すことができることも確認された。

この結果は、Setd8 の発現低下によるエピゲノムおよび遺伝子発現の変化が可逆的であり、Setd8の操作によって老化した神経幹細胞を「若返らせる」ことができる可能性を示唆している。

本研究の成果を基に、将来的には老化した細胞を再活性化する「若返りリプログラミング技術」の開発と加齢性疾患の克服が期待される。

発表文 https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/researches/view/1262/


本研究成果は、国際学術誌「The EMBO Journal」に2025年6月3日に公開された。

  
Epigenetic regulation of neural stem cell aging in the mouse hippocampus by Setd8 downregulation

中高齢以降に発症するうつ病双極性障害などの気分障害が、認知症の前兆として現れる可能性が指摘されているが、その背景となる病態メカニズムはほとんど解明されていない。

量子科学技術研究開発機構の量子医科学研究所脳機能イメージング研究センターは、慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室、国立精神・神経医療研究センター、東京科学大精神科(精神行動医科学分野の協力を受けて、中高齢発症の気分障害(うつ病、双極性障害)の患者の脳内に蓄積するタウ病変をPETにより可視化し、 中高齢発症の気分障害患者では、認知機能が正常な段階でタウ病変が出現していることを明らかにした。

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中高齢発症の気分障害は、社会的孤立や介護負担の増加と関連しており、高齢化が進む現代において深刻な社会的課題となってい る。さらに近年の疫学研究からは、中高齢発症の気分障害が認知症の前段階として現れる可能性が指摘されている。

本研究では、量子科学技術研究開発機構が開発した、様々な認知症や関連疾患におけるタウ病変を鋭敏に捉えることができる世界で唯一のPETイメージング薬剤を用い、40歳以降で発症したうつ病および双極性障害の 人を対象にPET検査を実施した。

その結果、同年代の健常者と比較して、中高齢発症の気分障害の患者は、タウ病変を有している確率が約4.8倍高いことが明らかにな った。さらに、国立精神・神経医療研究センターのブレインバンクのデータを用いた検討により、40歳以降にうつ状態または躁状態を初発した患者ではタウ病変を持つ割合が高いことが確認された。また、うつ状態や躁状態が認知機能障害の発症に平均して約7年先行していることが明らかとな った。

これらにより、中高齢発症の気分障害の中に、認知症の原因タンパク質の一つであるタウ病変が認知症発症前から既に蓄積していることを生体で確認するとともに、死後脳データからも裏付けがなされた。

本研究では、40歳以降に気分障害を発症した(中高齢発症の気分障害)患者52名と同年代の健常47名を対象に、タウPET・アミロイドPETを行い、様々なタウ病変の頻度・分布・症状との関連について検討した。

その結果、中高齢発症の気分障害患者群では、PETでタウ病変ありと判定される割合が50%と、健常高齢者の14.8%と比べて有意に高く、タウ病変の沈着に影響を与える要因を補正するため、年齢・性別・全般的な認知機能を統計的に調整するとその頻度は約4.8倍 だった。

また、アミロイドPETの結果から、アミロイドβの蓄積についても、中高齢発症の気分障害患者では健常者より頻度が高いことがわか った。

これにより、中高齢発症の気分障害の一部には、健常加齢では説明できないレベルの異常タンパク質の蓄積が存在することが示唆され、認知症の前駆段階の可能性が考えられ る。

この成果により、アミロイドβやタウの病変の可視化による客観的な早期診断を行い治療介入するという、新しい中高齢発症の気分障害の診断・治療戦略の開発が期待される。


発表文 https://www.qst.go.jp/site/press/20250609.html

本研究の成果は認知症分野において極めて注目度が高い国際的な学術誌の一つである『Alzheimer's & Dementia: The Journal of the Alzheimer's Association』のオンライン版に、2025年6月9日に掲載された。

掲載文 Diverse tau pathologies in late-life mood disorders revealed by PET and autopsy assays

米財務省は65日、貿易相手国の通貨政策を分析した半期為替報告書を公表した。
     
https://home.treasury.gov/system/files/136/June-2025-FX-Report.pdf

「為替操作国」基準にかかった貿易相手国・地域はなかった。

2019年8月に中国が、2020年12月にスイスとベトナムが「為替操作国」となった。それ以降、2022年11月までの間は、基準では対象となる国があったが、米財務省の判断で実際は非認定となった。
今回は基準でも対象となる国はなかった。

米財務省は為替操作国に指定する条件として(1) 対米貿易黒字の規模 (2) 経常黒字の規模 (3) 継続的な通貨売り介入――を掲げている。

  従来の基準 2019/5より改正
①重大な対米貿易黒字 対米貿易黒字が200億ドル(米国GDPの約0.1%) 以上 同左
②実質的な経常黒字 経常黒字がその国のGDPの3.0%以上 GDPの2.0%以上
③外為市場に対する介入 GDPの2%以上(ネットで)の額の外貨を繰り返し購入
(12カ月のうち、8カ月
同左
(12カ月のうち、6カ月

3基準全てに該当すれば「為替操作国」となる。

次の場合、「監視リスト」に入る。
  2基準に該当 & 1基準だが、前年「監視リスト」の場合
  なお、中国は常時、「監視リスト」

日本は永く2項目でひっかかり、「監視リスト」に入っていた。2022年11月から1項目だけとなり、2023年6月と2023年11月は「監視リスト」から外れた。しかし2024年6月から、①対米貿易黒字に加え、②実質的な経常黒字で該当し、再度、『監視リスト」に入った。

日本の経常黒字は、下図(報告書に記載)の通り、2015年以降、GDPの3%(2019/5より2.0%)を超え、対米黒字と合わせ2基準でかかっていた。2022年は2%を下回り、(時期のずれで)2022/11~2023/11の3期が1項目だけ該当となった。しかし、2023年には経常黒字は3.8%、2024は更に上がり4.8%になった。

日本は2023年12月までの4四半期には外為市場への介入していない。

今回の報告書は以下の記載をしている。

日本の財務省は2024年4月以降、円高誘導を目的とした3回にわたる介入を実施した。これは、2022年9月と10月に円高誘導を目的とした3回の介入以来の措置。財務省は、4月29日と5月1日の2回の介入で、合計9.8兆円(620億ドル)相当のドルを売却したと公表した。財務省は7月にも介入を実施し、7月11日と12日にはさらに5.5兆円(350億ドル)を売却した。

日本は為替介入の透明性を確保しており、毎月定期的に為替介入の内容を公表している。大規模で自由に取引される為替市場においては、為替介入は適切な事前協議に基づく極めて例外的な状況においてのみ実施されるべきである。日銀は、成長やインフレといった国内経済のファンダメンタルズに対応して、引き続き金融引き締め策を実施すべきであり、円安ドル高の正常化と、切実に求められている二国間貿易の構造的リバランスを支えるものである。財務省はまた、大規模な公的年金基金などの政府投資機関は、リスク調整後リターンと分散投資を目的として海外投資を行うべきであり、競争上の目的で為替レートをターゲットにすべきではないことを強調している。

ーーー

今回は、日本に加え、前回に続き2項目の台湾、ドイツ、ベトナム、シンガポール、韓国と、今回2項目となったスイス、アイルランド、1項目だが常時「監視リスト」の中国の合計9カ国が「監視リスト」に載った。

なお、③「外為市場に対する介入」でひっかかったのはシンガポールだけであった。 

操作国
3基準
監視国
2基準
監視国
1前年監視対象
&中国
丸数字は問題となった項目
  日本 中国 韓国 台湾 ドイツ スイス インド アイルランド ベトナム イタリア マレーシア シンガポール タイ メキシコ
2016/4
2016/10
2017/4
2017/10
2018/4
2018/10
2019/5

①②



①②



①②

①②

①②

①②

2019/8   操作国  
2020/1
①②


①②

①②

①②




①②

①②

2020/12
①②


①②

①②

①②
操作国
①③
操作国
①②

①②


①②
2021/4
①②


①②
操作国
非認定

①②
操作国
非認定

①③

①②
操作国
非認定

①②

①②


①②

①②
2021/12
①②

①②

①②
操作国
非認定

①②

①③

①③

操作国
非認定

①②

①②


①②

①②
2022/6
①②


①②

①②

①②
操作国
非認定




①②



2022/11


①②

①②

①②
操作国
非認定







2023/6



①②

①②






①②



2023/11



①②

①②




①②


①②



2024/6
①②



①②

①②




①②





2024/11
①②


①②

①②

①②




①②





2025/6
①②


①②

①②

①②

①②


①②

①②





 赤字が為替操作国基準にひっかかった項目

日本統治期に強制労働させられたとして、韓国人元徴用工の男性が三菱重工業に損害賠償を求めた訴訟の控訴審で、ソウルの裁判所は5月9日、時効を理由に請求を棄却した一審判決を覆し、1億ウォン(約1060万円)の支払いを命じる判決を出したことが6月7日に明らかにされた。

原告の男性は107歳で2019年に提訴した。賠償請求権の消滅時効が成立するかどうかが争点となっており、2022年の一審判決では訴えを退けられたが、控訴審では2023年の最高裁の判断を基に時効が成立していないと認められた。

徴用工訴訟について、日本政府は1965年の日韓請求権協定で解決済みとの立場だが、韓国最高裁は2012年、「個人の請求権は協定で消滅していない」と判断し、差し戻し審を経て2018年に日本企業敗訴が確定した。

韓国の民法は、不法行為に伴う損害賠償について「民法上の損害賠償請求権は、加害者が不法行為を行った日から10年、もしくは不法行為による損害と加害者を被害者が知った日から3年が過ぎると消滅する」と規定している。

韓国最高裁が個人の請求権は日韓請求権協定で消滅していないと判断した2012年と、それが確定した2018年のどちらを起点とみるか、下級審の判断が分かれたが、最近は韓国の裁判所が時効を理由に訴えを退けるケースが相次いだ。

本件では原告は2019年に提訴しているが、一審判決は「最高裁が個人の請求権は消滅していないと判断した2012年が時効の起算点」とし、消滅時効が成立するとした。

今回の控訴審では最高裁の全員合議体は次の通り判断した。

  • 最高裁の2012年の差戻し判決では、権利の法的な存在は認めたものの、実際には法的に争える状態に至っていなかった。

  • 2018年判決で「個人の請求権が消滅していない」と明確にされたことにより、 権利行使が本格的に可能となった

  このため、原告が主張したように2012年の最高裁判決は消滅時効の起算点とはならず、起点は「被害者が権利行使可能になった時点」、即ち2018年10月30日の最高裁全員合議体による判決である。


上記により、2019年に提訴された事案は、2018年10月30日の判決から3年が経過しておらず、時効成立を否定した。

 

東京電力福島第1原子力発電所事故を巡る株主代表訴訟で東京高裁は6月6日、東電旧経営陣の賠償責任を認めない判決を言い渡した。

裁判長は「地震発生前の時点で(巨大津波の)予見可能性があったとは認められない」と判断した。旧経営陣4人に13兆円3210億円の賠償を命じた一審・東京地裁判決を取り消し、株主側の請求を棄却した。

株主側は判決を不服として最高裁に上告する方針。

ーーー

東電の株主42人は旧経営陣が対策を怠ったとして、2011年3月に事故当時の経営陣5人に約5兆5千億円の賠償を求める株主代表訴訟を東京地裁に起こした。(後に13兆円に増額した)

被告は、勝俣恒久元会長(24年に死去)、清水正孝元社長、武黒一郎元副社長、武藤栄元副社長、小森明生元常務

取締役らは、政府の地震予測(長期評価)などから巨大津波のリスクを認識していたにもかかわらず、適切な対策を怠った。

その結果、事故による巨額の損害を会社に与えたとしている。

これに対し、被告側は、「長期評価の信頼性は低く、巨大津波は予測できず、対策をしても事故は防げなかった」などとして、責任はないと主張した。

2022年7月に東京地裁の判決があった。

地裁は、長期評価の信頼性を認め、津波対策が必要だったと予見可能性を認めた。また、建屋などへの浸水を防ぐ「水密化」をしていれば事故が防げた可能性は十分にあったと結果回避可能性も認めた。

その上で、東電が事故後に負担した廃炉・汚染水対策▽被災者に対する賠償▽除染・中間貯蔵対策費用――から賠償額を算出し、勝俣恒久元会長(24年10月に死去)と清水正孝元社長、武藤栄、武黒一郎両元副社長――の4人に連帯して約13兆円を賠償するよう命じた。

判決は刑事責任ではなく、民事上の善管注意義務違反に基づく。

なお、小森元常務は就任が地震発生の半年前であり、責任はないとした。

2022/7/21 福島第1原発事故 株主代表訴訟 東電元役員に13兆円命令


被告側、原告側双方が控訴した。
控訴審では「長期評価の信頼性」や「実際にどこまでリスクを予見できたか」が再び争点となった。

旧経営陣側は控訴審で、長期評価には多数の専門家から異論があり、信頼性はなかったとし、水密化など事故後の知見で責任追及すべきではないと主張した。

一方、株主側は長期評価は信頼性のある知見で、水密化などの対策を先送りにしなければ事故は防げたと改めて主張していた。

2024年10月21日に勝俣元会長が逝去した。勝俣氏の訴訟は相続人が承継した。

2024年11月、控訴審が結審した。

ーーー

最高裁は本件について、過去に2回、判決を下している。

避難した住民らが、国に損害賠償を求めた4件の訴訟の上告審判決で、最高裁第2小法廷は2022年6月17日、「津波対策が講じられていても事故が発生した可能性が相当ある」とし、国の賠償責任はないとする統一判断を示した。
国の法的責任の有無について事実上決着がついた形となった。

裁判官4人中3人の多数意見で、三浦守裁判官(検察官出身)は「原子力安全・保安院(当時)と東電が法令に従って真摯な検討を行っていれば事故を回避できた可能性が高い」として国の責任を認める反対意見を出した。
 
主な争点は①原発事故の原因となった津波を予想できたかどうか②防潮堤の設置や原子炉建屋の浸水対策などの対策を講じていれば事故が防げたか--の2点。
 
判決は、国の地震調査研究推進本部が2002年に公表した地震予測「長期評価」に基づき、津波が最大15メートルを超えると予測した2008年の東電の試算には合理性があると判断。国が
東電に対策を義務付けていれば、防潮堤が設置された可能性は高かったとした。

しかし、実際に発生した地震はマグニチュード 9.1で、想定された 8.2前後よりも規模が大きく、津波の到来方向も異なっていたことから、試算を基に防潮堤を設計していたとしても「大量の海水が敷地に浸入することを防ぐことはできなかった可能性が高い」と指摘。国が東電に対策を義務付けなかったことと、原発事故の発生に因果関係はないと結論づけた。
原告側が主張した原子炉建屋の浸水対策については「事故以前は防潮堤設置が津波対策の基本だった」とし、浸水対策は当時は知見がなく一般的な対策ではなかったとして必要性を認めなかった。
津波が予測できたかどうかや長期評価の信頼性については、明確な判断を示さなかった。

最高裁は2025年3月、業務上過失致死傷罪で強制起訴された旧経営陣2人の全面無罪を確定させている。

無罪が確定したのは、武黒一郎元副社長と、武藤栄元副社長。

2人は、2024年10月に84歳で亡くなった勝俣恒久元会長とともに、福島県の入院患者など44人を原発事故からの避難の過程で死亡させたなどとして、検察審査会の議決によって業務上過失致死傷の罪で強制的に起訴された。

裁判では、2002年に国の機関が公表した地震の予測「長期評価」の信頼性が主な争点となり、1審と2審は、「長期評価」などをもとに10メートルを超える津波を予測することはできなかったとして無罪を言い渡し、検察官役の弁護士が上告していた。

最高裁判所第2小法廷の岡村和美裁判長は「長期評価は当時の国の関係機関の中で信頼度が低く、行政機関や自治体も全面的には取り入れていなかった。10メートルを超える津波を予測できたと認めることはできない」として、裁判官全員一致の意見で上告を退ける決定をし、元副社長2人の無罪が確定した。

今回の訴訟の1審判決が旧経営陣の個人責任を認めた唯一の判決だった。

ーーー

今回の高裁の判決要旨は下記の通り。

【取締役の注意義務】

原発で大量の放射性物質を拡散させる過酷事故が発生すると、わが国の崩壊にもつながりかねず、原子力事業者には、最新の知見に基づいて過酷事故を防ぐべき社会的、公益的責務がある。

旧経営陣が、注意義務違反に基づく損害賠償責任を負うと言うためには、過酷事故の原因になり得る津波が第1原発に襲来することを予見し得たことが必要。

予見できなければ、事故防止の措置を講じる義務も認識できず、無過失の旧経営陣に賠償責任を負わせることになり、許されない。

【予見可能性】

事故当時の第1原発では、10メートルを超える高さの津波が襲来することを想定した対策は講じられておらず、1~4号機の交流電源と主な直流電源は、敷地を超える津波には無防備な状態だった。

旧経営陣の注意義務違反が認められるには、国の「長期評価」などにより、速やかな対策を指示する必要があると認識できるだけの具体的な予見可能性が必要。
その場合、津波はいつ襲来してもおかしくない状況が前提となるはずで、旧経営陣が指示すべき内容は第1原発の運転を停止させ、事故防止のための工事を速やかに行うこと。

予見可能性を認めるには、こうした運転停止の指示を正当化し得る程度に合理性や信頼性のある根拠が必要

【長期評価の合理性】

長期評価は、当時の地震学に関するトップレベルの研究者による実質的議論に基づき、国として一元的な地震の評価を行うためにとりまとめられたもので、原子力事業者も尊重すべきもの。

だが、十分な根拠までは示しておらず、策定した国の地震本部も地震発生確率の信頼性を「やや低い」と判断していた。

こうした事情を総合すれば、長期評価に実質的根拠があるとは言えず、旧経営陣に原発の運転停止を指示させることを法的に義務付けるだけの具体的な予見可能性があったことを認める根拠としては、十分ではない。

【旧経営陣の認識】

武藤栄元副社長は、旧経営陣の中で最も多く長期評価などの情報を得ていた。東電内の会議でも長期評価に関する説明を受けたものの、10メートルを超える津波が襲来する危険性について、切迫感や現実感を抱かせる内容ではなかった。

長期評価自体、公表から時間が経過しており、武藤元副社長が改めてその信頼性を確認しようとしたのは不合理とは言えない。

東電内の職務権限に照らすと、武藤元副社長以外の旧経営陣も切迫感を抱かなかったことはやむを得ず、旧経営陣の予見可能性や、任務懈怠としての注意義務違反は認められない。

【取締役の責任】

原発事故を経験した現在、原子力事業者の取締役には今後、注意義務の前提となる予見可能性について具体的なリスクを広く捉え、一層重い責任を課す方向で検討すべきだ。

ーーー

この判決について朝日新聞の佐々木編集委員は次のように述べている。

これでは原発の安全を守れない。そうとらえざるを得ない判決だ。

不断に対策を取る努力を否定し、事故は仕方なかったと言っているようなものだ。事故の当事者である東電の誰も責任をとらなくていいことになり、禍根を残しかねない。

原発の安全の一番の責任は、運転する電力会社にある。どうなると事故に至るかを最も熟知しているのも電力会社だ。

もし事故を起こせば、周辺に甚大な被害をもたらす。だからこそ原発は、常に「安全側」の判断が求められてきた。

例えば「危ない橋は渡らない」「石橋をたたいて渡る」といった言葉があてはまる。

選択肢があれば、より安全なほうを選ぶ。めったにない現象まで考慮し、想定を超えても大丈夫なように設計に余裕を持たせる。一つが機能を失っても、別の手段でカバーする。法令を守るだけにとどまらず、さらに安全になるよう追求し続ける――。

これは、事故前から当たり前の考え方だった。

しかし、今回の判決は、津波対策を取らなかった旧経営陣の判断を容認した。

 

人類の発展の歴史において技術進歩が経済成長や社会変革をもたらしてきたが、そのうち、広い範囲で多様な用途に使用され得基幹的な技術汎用技術(GPT:General Purpose Technology)と呼ばれている。

Richard G. Lipsey、Kenneth I. Carlaw、Clifford T. Bekar は2005年に著書 Economic Transformations: General Purpose Technologies And Long-Term Economic Growth 紀元前9000年頃の「植物の栽培」から21世紀の「ナノテクノロジー」に至るまで計24の技術があると指摘し、それらを鉄道・自動車・コンピュータ等の「プロダクト」、バイオテクノロジー・ナノテクノロジー等の「プロセス」、工場制度・大量生産・リーン生産といった「組織」の3種類に分類した。

  No.19の「大量生産」はFord方式、No.21の「リーン生産方式」はToyota方式

...

ナノテクノロジーに次ぐ 25番目のGPTになると見込まれているのがAGI (Artificial General Intelligence 汎用人工知能)である。

6/2の日本経済新聞は、「AGIが人類が生み出す最後のGPTになるかもしれない」としている。その先のGPTは人類ではなく、AGIが作り出すからである。

.....

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