化学各社の2012年9月中間決算は惨憺たるものであった。
大半の企業の営業損益が前年同期を下回っている。
2012/11/12
2012年中間決算-4 まとめ
三菱ケミカルホールディングス、旭化成、住友化学、三井化学、東ソー
などで、石油化学・基礎化学の損益が激減している。
石油化学だけが不振なのではなく、ポスト石油化学として注力してきた情報電子化学、エレクトロニクス関連で減益となった企業も多い。
信越化学とトクヤマでは半導体シリコンが大幅減益となった。
国内のエチレン能力は800万トンであるのに対し、エチレン換算内需は500万トン強である。
輸出については、円高が進んだうえ、中国経済の低迷と中国の設備能力過剰の顕在化で期待できない。
海外では中東で依然として設備新設が盛んである。
従来の計画と異なるのは、これらでは汎用品だけでなく、最新技術を入れた高付加価値製品が生産されることである。
10月にはChevron Phillips Chemical のJVのSaudi
Polymers Company (SPCo) が商業生産に入った。
2012/10/5 Chevron
Phillips Chemical のサウジ石化コンプレックス、商業生産開始
DowとSaudiAramcoは2011年11月に石化JVのSadara
Chemicalの設立を発表、本年9月には米国のEx-Im
Bankから49億75百万ドルの直接融資の承認を受け、建設を進めている。
2011/7/26 DowとSaudi
Aramco、石油化学JV設立を最終決定
住友化学とSaudiAramcoのJVのPetro Rabigh
は第二期計画の実施を決めた。
2012/5/28 住友化学、サウジ・アラムコとの「ラービグ第2期計画」実施へ
サウジ政府のJubail/Yanbu王立委員会は2月12日、Jubail
Industrial Cityでの総額56.5億米ドルの石化計画を承認した。
2012/2/17 サウジ、Jubail地区の大規模石化計画を承認
このほかにも、多くの計画が進んでいる。
さらにシェール革命を受けて、米国の天然ガス価格が大幅に下落し、米国の石油化学産業が大々的に復活しつつある。
DowのCEOは以下のように述べ
、米国への復帰を宣言、同時にLNGの輸出に反対している。
Dowはこれまで安いエネルギーを求めてサウジなど海外で石化事業を拡大してきた。
しかし、米国の豊富で安いシェールガスの出現で、Dowは再び米国での投資を始めた。
10年ぶりに新しいエタンクラッカーを建設するとともに、米国の施設をリフレッシュする。
天然ガスを輸出する代わりに、液体形態ではなく、これを加工した固体形態で輸出するべきだ。
天然ガスからプラスチック、肥料、その他化学製品に加工して輸出すれば、LNGで輸出するよりも8倍もの価値を生む。
Dowは2011年4月に、安価なシェールガスを利用するエチレンとプロピレンの能力増強を発表した。
2011/4/26 ダウ、エチレンとプロピレンの拡張計画を発表
このうち、プロピレンについては、2012年3月にテキサス州Freeportにプロパン脱水素により新しいプラントを建設することを発表した。
2012/3/12 Dow、ワールドスケールのプロピレン建設を決定
エチレンについては、メキシコ湾岸に新しいワールドスケールのエチレン設備の建設することを明らかにしていたが、同社はこのたび、テキサス州Freeport
に同社としては世界最大の年産150万トンのプラント建設を決定し、政府の認可を申請した。
投資額は17億ドルで、2014年に建設を開始し、2017年1月に操業開始の予定。
Dow以外にも多くの企業が米国でシェールガスの利用に動いている。
2011/6/14 Shell、アパラチア地方でエチレンクラッカー建設へ
2011/12/20
LyondellBasellの成長戦略
2011/12/29 Chevron
Phillips Chemical、シェールガス利用で大規模石化計画
ExxonMobilもテキサス州Baytown
に年産150万トンのエチレン工場を建設することを決め、認可手続きに入っている。
三菱ケミカルホールディングスの小林喜光社長は、日本経済新聞景気討論会で、米国のシェールガス革命による産業界の活性化
を挙げ、米国での事業も検討したいと述べた。
12月23日の日経報道ではダウの新エチレン(150万トン)プラントに隣接して、MMAモノマー25万トンを建設する計画とされる。三菱レイヨンが買収したLuciteのエチレンを原料とするアルファ法を採用すると思われる。
更に本日(12/25)の日経は、三菱ケミカルが医薬品カプセル製造で世界シェア2位の奈良のクオリカプスをカーライルから負債を含め約500億円で買収すると報じた。
クオリカプスは1965年に塩野義製薬と米国イーライ・リリーが50:50の合弁で設立した「日本エランコ」で、1992年に塩野義100%となり、その後「シオノギクオリカプス」と改称、2005年にカーライルが買収した。カプセル充填機等の機器も製造する。
三菱ケミカルは収益環境の悪化から、好調な医薬品事業を強化する。
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三菱ケミカルホールディングスの小林社長は、週刊ダイヤモンドで以下のとおり述べている。
日本の製造業は国際競争力が削がれる「6重苦」(①円高、②通商政策=FTAの立ち遅れ、③高い法人税率、④電力問題、⑤労働規制、⑥温暖化ガス削減の重いコミットメント)に見舞われているが、化学産業が背負うのは「⑦原料コスト高」も加わった「7重苦」だ。
コストが安い中東勢などの低価格製品が増え、国内生産は今後さらに輸出競争力を失っていく。
加えて高齢化で内需も減っていく。さまざまな石油化学製品の基礎原料であるエチレンを製造する設備は国内に15基。内需に対して設備の3分の1が余剰だといわれている。
この結果が上記の中間決算に表れている。
しかもポスト石油化学として注力してきた情報電子化学、エレクトロニクス関連でも問題が生じている。
エチレン能力800万トンに対し、エチレン換算内需は500万トンで、内需に対し300万トン(37.5%)が過剰であり、今後は輸出は利益の寄与が期待できない。
2000年頃の不況時にはその後中国需要という神風で業績が好転したが、今や状況が再度よくなる可能性はほとんどない。
三菱化学は鹿島第一エチレン(390千トン)を2014年の定期修理をもって停止(第二エチレン能力を50千トン増)するが、それ以外のエチレン停止はない。
水島と千葉でエチレン統合はあるが能力減は当面の計画に入っていない。
エチレンを止めるべきだと考えても、止められないというのが実態だろう。
石化に代わって雇用を続ける事業がないからだ。
上記の6重苦の⑤労働規制は、通常は「製造業の派遣禁止」などとされるが、最大の問題は「解雇権濫用法理」である。
「日本をダメにした10の裁判」では第一に解雇権濫用法理を挙げている。
東洋酸素事件の東京高裁判決(1979)では整理解雇の要件は以下の通り。
・事業部門を閉鎖することが企業の合理的運営上やむを得ない場合であること
・従業員を他の事業部門の同一又は類似職種に充当する余地がないこと
・具体的な解雇対象者の選定が客観的、合理的な基準に基づくものであること
その後の判例では「労働組合との協議」が条件に加えられた。
具体的には、このままでは倒産もありうるというような状況でないと、解雇が認められない。
この結果、エチレンを動かし続けることとなる。
しかし、いつまでもこの状態を続けるわけにはいかないだろう。
某社の社長の発言が伝えられている。
「需要が落ちているというが、その需要だって構造的な要因によるものか、景気循環によるものか、よく見極める必要がある」
「エチレンだけ見て、500万トンにしようというのはあまりにも短絡的だ。誘導品までみて、国際競争力のあるコンビナートにしていかないと意味がない」
本音ではないと思われるが、今や、そんなことを言っている時期ではない。
このなかで、住友化学は状況変化に適応するよう、明確な方針で進めているように思われる。
同社の十倉社長は11月21日の記者会見で石油化学事業の今後の展開について以下のように述べている。
サウジのペトロ・ラービグ社が第2期計画段階に入る。
今後、バルク製品はサウジで展開し、シンガポールを高付加価値製品の供給拠点とする。
千葉工場はマザー工場として、生産技術・製品・ノウハウの発信拠点としても活用していきたい。
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同社の株主向け中間決算報告から |
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石油化学プラントでの大事故が相次いでいる。
古くは2006年の信越化学直江津工場、2007年の三菱化学鹿島事業所の事故があるが、この1年で3つの大きな事故があった。
2007/4/16 信越化学 爆発事故のその後
2008/3/17 三菱化学鹿島事業所火災事故 事故報告書
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2011/4/11
東ソー、南陽事業所爆発事故の調査報告書を発表
2012/9/11
三井化学、岩国大竹工場の事故のその後
2012/10/1
日本触媒・姫路製造所で爆発事故
東ソーの場合は緊急停止の後、プラント点検のための液抜き作業中にガス漏れが起こり爆発したが、反応に対する知識が不十分で誤操作を行ったこと、異常時の対応マニュアルが十分でなかったこと等が指摘されている。
三井化学の場合はプラントの緊急停止の際に取った操作が関係したが、問題点についての認識が不足しており、またマニュアルにも記載が無かった。
日本触媒については事故原因等は調査中で未報告だが、タンク内の温度管理は管制室での監視ではなく、タンクに付いている温度計を目視するシステムであったとされている。
また、事故当時の報道では、出入りの業者は火災等の場合、消防への直接通報を禁止されていたという。
これらから見えることは、これら事故はいつ起こっても不思議でないということで、恐ろしいことである。
石化協では事故を受け、企業トップによる保安トップ懇談会を開催しているが、以下のような発言があったとされる。
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トラブル対応経験の減少、自動化・デジタル化による現場感覚の希薄化、コミュニケーション機会の減少、プロセス全体の把握・理解の不足が問題である。 |
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対策は従業員教育がポイントになる。ベテランOBを活用した伝承教育が不可欠。 |
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トップとして保安・安全への方針を定め、確実に実行し評価、これを最先端まで浸透させることが重要だ。 |
世代交代で、マニュアル通りに運転するだけで、各プロセスでの反応の意味や潜在的な危険性を認識せず、異常事態時に対応が出来ないというのである。
トップからこのような発言があるのは驚く。
もう一つは、コスト認識のためか、いまだに安全軽視のケースが見られる。
日本触媒のケースは、報道が事実なら、これに当て嵌まる。
JX日鉱日石エネルギー
の水島製油所では虚偽の保安検査記録のケースがあり、コスモ石油千葉でも市原市消防局の特別検査で消防用の屋外給水栓や、石油製造施設の排水管の老朽化など多数の不備が見つかり、改善命令を受けている。
国内の石油化学事業の採算が極めて悪化し、今後の見通しが暗いなか、これまで以上の十分な安全対策が取られるのか、懸念される。
更に、事故による工場休止で安全供給の問題も出てくる。今回にも供給不安が懸念される製品もあった。
他社製品に差をつける
特殊品の場合、需要家側が採用をためらうケースも出てくると思われ、供給責任体制も求められる。
アップルは、シャープのオンリーワン技術の新型液晶IGZOを新型の「iPad」で採用したが、これにはシャープ製のIGZOと韓国サムスン電子などのアモルファス液晶という2種類のパネルが混在しており、それが消費者に分からないよう、性能で勝るIGZOの解像度をわざと落としているという。
シャープに何かがあっても供給が止まらないよう、また価格を競わせるためという。
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日本の石油化学は7重苦という大きなハンディを持つが、なくなることはない。
アルミニウムの場合は電力料の高騰で競争力を失った結果、1978年に6社で「164万体制」であったのが、現在は日本軽金属・蒲原工場の7千トンが動いているだけである。
アルミの場合は全くのコモディティで品質に差がなく、安価な輸出品に対抗できなかった。
石油化学製品の場合も、モノマーのようにスペックが合えばよいような製品は既に輸入品に置き換わっている。今後も海外品の品質向上と価格差による置き換えは進む。
メタノールの場合、1970年代には東西の共同生産会社(東日本メタノール、西日本メタノール)、三菱ガス化学、三井東圧化学、協和ガス化学の5社体制であったが、安値海外品流入で相次ぎ操業停止、1995年に最後の国産メーカー・三菱ガス化学が新潟の
264千トンを操業停止し、設備は中国内蒙古の伊克昭盟化工集団総公司に売却した。
しかし、多くのポリマー製品は需要家のニーズに合わせた特殊品で、少数グレードを大量生産する輸入品に置き換えるのは難しい。
日本のメーカーはカタログに載った製品を供給するだけではない。
需要家の求める「機能」の充足のため、製法や触媒、添加剤の改良を行い、コンパウンド化するなどで、需要家の製品をより良くするための改良材料、新材料をつくり、需要家に提案を行っている。
多くの企業が開発センターを有し、例えば自動車バンパーの衝突試験でバンパー材料の改良検討を行うことまで行っている。
更には、これまでに無かった新しい機能を持つ材料を供給することで、新しい需要を創出している。
住友化学のように海外展開を図る場合も、日本のマザー工場での開発改良が役に立つ。
このやり方は日本独自のものであった。
その後、GE Plasticsが米国にこの方式を導入、次第に広がった。(日本と異なり、追加費用は価格に上乗せしている)
しかし、頻繁なグレード切り替えによる多数グレード・少量生産で、Just in
timeで供給するというのは、本来の装置産業製品に合ったものではなく、輸入品が入る可能性は少ない。
この「非合理性」で、逆に日本品が生き残ることが可能となる。
楠木 建「ストーリーとしての競争戦略」は、他社のようにハブ空港を使わない SouthWest 航空や大量の在庫を持つAmazon などを取り上げ、
「部分の一見不合理」が全体としての合理的戦略になるとしている。
但し、現在のような過当競争体制の下では、これらが無料のサービスと化している。
メーカー数を減らして追加費用を求償出来る体制にすることが必要である。
参考 2012/12/7
ベンゼン価格高騰 ー 市況ベース価格体系とコストベース価格体系 後半部分
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