2007年は石油化学業界にとって激動の年であった。
石油価格は2006年秋から急降下し、ドバイ原油は2006/8/8の72.30ドルの最高値から本年1月19日には48.85ドルまで下がったが、その後再度上昇に転じ、11月21日には90.30ドルと、1年弱で85%も上昇した。
ニューヨークのWTI原油は11月20日に一時 99.29ドルと、100円間際まで上昇した。
米国のサブプライム問題で、資金が石油になだれ込んだのが主な理由である。
中国は相変わらず猛烈な勢いで石化を拡大している。
大規模コンプレックスが多数計画されており、既に過剰生産が懸念されるPVCや、三菱化学が操業開始して間もない中国のプラントを一時停止したPTAでも新設計画が相次いでいる。
中東でも、安いエタンを原料に、大規模計画が相次いでいる。
アラムコは本年5月、ダウとの合弁で世界最大級の化学品・合成樹脂のコンプレックス(ラスタヌラ総合計画)の建設・運営についての詳細覚書を締結した。アラムコと住友化学のJVのペトロラービグも第二期計画を検討している。
中東の主要石化会社の8社が参加して昨年設立されたGulf Petrochemicals and Chemicals Association は最近、中東のエチレン生産能力が現在の13百万トンから2012年に29百万トン以上になるとの予想を発表した。
SABICは昨年10月にHuntsmanから英国の石化子会社を買収し欧州事業を拡大したが、本年5月にはGE Plastics を買収し、高機能製品分野にも進出した。
クウェートのPICはダウとのJVで一躍世界の石化のトップメーカーとなる。親会社のクウェート石油は中国でSinopecとの合弁での石油精製・石油化学計画を進めている。
原料価格の高騰による採算悪化を背景に欧米各社は「選択と集中」を一層進めた。
ダウはデュポンに買収を持ちかける一方、石化事業では Asset light 戦略でJV方式による拡大を世界中で行なっている。
(サウジでアラムコと、タイでサイアムと、最近はリビア、ロシアとのJVを検討している)
同社は既存事業のJV化も進めており、既にクウェートのPICとEGの、Chevron Phillips Chemical とSM/PSのJVを決めているが、12月にはPICとのPE、PP、PC、エチルアミン、エタノールアミンのJVを発表した。
多くの買収の噂が飛び交い、まさかと思われた話が次々と実現していった。
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GEはGEプラスチックをSABICに売却した。 |
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Huntsman は一旦、Basellへの身売りを決めたが、その後、Hexion に売却した。 |
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Huntsman に断られたBasell はLyondell を買収した。 |
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Akzo Nobel はICIを買収、ICIの塗料事業を残し、残りの接着剤とエレクトロニック材料事業をHenkel に売却、かつてポリエチレン等で世界を風靡したICIはこれでバラバラになり、消滅した。 |
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デュポンに買収を持ちかけ断られたダウ自身を、Kohlberg Kravis Roberts と中東諸国の投資家が出資して500億ドルで買収するという報道がなされ、関係したとされるダウの役員が2名解雇されるという問題まで発生した。
BASFも新しい買収を検討している。
同社のCFOは、「世界の最大の化学企業10社を合計してもマーケットシェアはたった20%で、最も集約化の遅れた分野のひとつである。更なる集約が必要だ」としており、サブプライム問題による信用収縮で M&A が停滞している中、買収のため 100億ユーロの借入が可能であるとしている。
その後、同社のCEOも更なる集約の必要性を説き、BASF自体も買収されないほど大きいわけではないと述べた。また12月12日には「同社は資金面では強力で、どんな買収でも可能である」ともしている。
ブラジルでもペトロブラス、ブラスケムが連携する大規模な石化事業の再構築が行なわれている。
(詳細は 項目別索引 から各社記事参照)
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そのなかで日本のみが、この激動の蚊帳の外である。
2000年頃には小規模多数プラントの中での過当競争で採算が悪化し、「2004年問題」(ポリオレフィン関税引き下げ)の懸念もあって、各社とも「選択と集中」に踏み切った。
三菱化学の四日市エチレン閉鎖、塩ビ各社の撤退、ポリプロ業界の再編、三井・住友の統合などの動きが出た。昭和電工も石化事業方針を転換し、石油化学を「再構築事業」とし、提携・売却も視野に入れるとした。
しかし、その後の中国需要の急増が神風となり、日本の石化は儲かる事業となった。
中国向け輸出が増え、採算が向上した。その後の原油価格上昇に際しても需給逼迫により、国内価格の値上げが可能となった。
(それまでは過剰能力による過当競争で原料価格上昇分の転嫁は全く出来なかった。)
それまでの石化の採算悪化で各社ともハイテク材料分野に進出していたが、折からの薄型テレビなどのブームで、これらも利益を生むようになった。
銀行救済のために行なわれた金利引下げと、その結果起こった円安も採算に好影響を与えている。
(韓国の企業はウオン高に悲鳴を上げている。金利も日本と比べると非常に高い。 2006/12/9 ウォン高 更に進む)
各社の業績は向上し、過去最高の利益となる会社が続出している。
この結果、「選択と集中」の動きは完全にとまった。
三井・住友の合併は取り止めとなり、塩ビ業界の更なる統合の動きもなくなった。昭和電工は「再構築事業」であった石油化学を「基盤事業(Cash Cow)」としている。
三菱ケミカルホールディングスの小林社長は最近のインタビューで、「中東にまで原料を求めるつもりはない。 --- 石油化学は中東、インド、中国などの台頭があるが、当社もアライアンスやリファイナリーを含めて対応していけば、まだやっていける」と述べている。
日本のエチレンセンターは京葉エチレンを入れて14あり、三菱化学四日市の停止以降は変わっていない。1センター当たりの平均能力は定修なしベースで573千トン。最高が三菱化学鹿島の2系列合計926千トンで、400~600千トン台が中心である。
ポリオレフィンも統合で会社数は減ったが、プラントは減っていない。
相変わらず、小規模多数工場体制が続いている。
世界中が激動しているなかで、日本の石化のみが、現在の高収益に満足して、昔の体制のままで止まっている。
雇用問題などから抜本的な改革をやりにくいという面もある。
(始まって2年弱の本ブログでも、日本の石化の「選択と集中」に関する新しい記事は全くない。)
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「ガラパゴス鎖国」という言葉がある。「パラダイス鎖国」という流行語を更に進めたものである。
シリコン・バレー在住のIT関係コンサルタントで子育て中の主婦でもある海部美知さんが、「Tech Mom from Silicon Valley」 というブログを書いている。http://d.hatena.ne.jp/michikaifu/
彼女が2005年7月28日から5回連続で書いた記事「パラダイス的新鎖国時代到来」が評判になり、いろいろな所で使われるようになった。
本年11月6日に日本経済新聞主催で行なわれたシンポジウム「日本経済 過去・いま・未来」でも、今井賢一・スタンフォード大名誉教授と伊丹敬之・一橋大学教授がこの言葉を使っている。
携帯電話業界でTDMA、GSM、CDMAという3つの方式が乱立し泥仕合が数年続いたアメリカに対し、日本はドコモが独自方式のPDCを全国展開して、一気にデジタル化で先行した。
日本の端末メーカー各社は、アメリカ市場に見切りをつけ、日本市場に安住した。
今や、日本の大手メーカーはアメリカでの地位を失い、欧州でも苦戦、日本が自国の殻に閉じこもる一方、韓国のメーカーがめざましい躍進を遂げている。
儲かる日本に安住して閉じこもる状況を彼女は「パラダイス的新鎖国」と呼んだ。
最近はこの状況を、儲かる日本に安住して鎖国をした結果、進化が止まってしまったとして、進化のとまった生物が住むガラパゴス島から取って「ガラパゴス鎖国」との言葉が広まった。
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日本の石化は海外に大量に輸出しており、その点では携帯電話業界とは異なる。
しかし、現在の「天国」状況に満足して、選択と集中、大規模化という世界の石化の流れから完全に切り離されたという意味では「パラダイス鎖国」状況であり、海外の大規模化、統合の動きに対して以前の小規模多数プラント体制を維持したままであることは、まさに進化の止まった「ガラパゴス鎖国」状況である。
ガラパゴス諸島は1978年にユネスコの世界遺産第1号に登録されたが、その後、1980年に4,000人であった観光客が2006年には14万8,000人に激増、大陸からの移民などで定住人口も 5倍以上になり、ゴミ処理や地下水汚染の問題が深刻化している。
ゴミ処分場から一日中立ち上がる煙が周囲の原生林まで広がり、固有種の鳥のダーウィンフィンチが残飯をあせり、外来植物の流入で固有種が危機に瀕している。
ガラパゴスは最早、「天国」ではなくなり、本年6月に「危機遺産」リストに掲載された。
「鎖国」を続けるうちに、日本を取り巻く状況も変わりつつある。
中国は来年、北京オリンピックを迎える。
これが終わると、中国バブルが破裂するとの見方は以前から主流であった。
筆者はその以前にバブルが破裂する可能性を述べてきた。
中国の人口は13億人だが、頼りとなる需要人口は沿岸部の3~4億人であることから、既に供給過剰状態になりつつあるとの見方からである。
実際にPVCでは輸出が増加しつつあり(政府の政策で一時減少している)、PTAでは日本企業もその影響を受けている。
SMは供給過剰でタンクが満杯になっており、韓国メーカーは操業を停止した。
それでも、中国は大国であり、地方政府や企業の思惑で、中央政府の方針に関係なく、どんどん新増設が行なわれている。
他方、サブプライム問題で米国の景気が低迷する見通しで、中国からの輸出の減少も予想される。
中国の補助金に対して、米国政府はWTOに提訴するとともに、相殺関税をかけるなど、圧力をかけている。
また、輸出による外貨増大にもかかわらず、人民元引き上げを防ぐため政府がドルを買い上げているため、インフレとなり、株式市場には余剰の資金が流入して株価が暴騰している。
(中国では少し前からバブル崩壊を予想し、日本のバブル崩壊時の対策の研究が行なわれている。)
中国政府は来年、金融引き締めを強化することを決めたが、人民元切り上げの可能性も出てきた。
公害がひどくなり、飲み水に影響が出て、政府が工場閉鎖も含めた対策を打ち出し始めた。
いろいろな問題を抱えながら、オリンピックを目指して突っ走っているという感じである。
国の威信をかけて行なうオリンピックが終わると、今度こそ、バブルがはじける可能性が強い。
中国のバブルがはじけると、その影響は大きい。
石化製品は世界的に大幅な供給過剰となる。中国向けに設備をつくっている韓国や台湾の影響は甚大である。
場合によっては中国の需要増を主因に上昇した原油価格も暴落する可能性もある。
日本にとっては、これに加えて、ドル安が更に進む結果、円高となる可能性もある。
(輸出採算が悪化し、輸入価格が低下する)
以前は「2004年問題」を懸念したが、ASEANとの経済連携協定で将来はこれらの国からの輸入品への関税そのものがなくなる。
日本の需要家の品質や輸送等のサービス面での要求が強いことから、石化製品が輸入品に代替される可能性は低いが、日本の石化にとっての「天国」の理由の中国需要、円安などの要因がなくなると、輸出減による需給アンバランスと国際市況の下落で値下げ競争が始まり、再び赤字に陥ることになりかねない。
石化のほかの収益源となってきたハイテク材料分野でも、最終製品の競争激化により、部分的には採算悪化も見られている。
日本の石化事業もガラパゴスのように「危機遺産」とならなけばよいが。
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本号でこのブログも丁度 600回となります。ご愛読ありがとうございます。
出来れば1000回を目指したいのですが、それまでに日本の石油化学の再生がなるでしょうか。
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* 総合目次、項目別目次は
http://kaznak.web.infoseek.co.jp/blog/zenpan-1.htm にあります。
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