化学会社の上期決算は、各社とも前年上期を大きく上回った。
2010/11/17 2010年9月中間決算対比
各社とも、自動車関連をはじめとする需要の回復に伴う販売数量の増加及び石化・基礎化学品分野における交易条件の改善などにより、増益となった。
まず、国内ではエコカー補助金制度や家電エコポイント(特に来年の切り替えに備えてのデジタルTV)に基づく将来の需要の先取り効果が大きい。
エコカー補助金制度は9月8日予算枠(約5,837億円)を使い切り、申請受け付けを終了した。
トラックやバスなど事業用自動車向けのエコカー補助金は8月3日で交付申請受け付けを終了した。家電エコポイントは本年末までを3か月延長したが、12月からはエコポイント数を変更、来年は範囲を縮小する。
なお、住宅エコポイントは本年末までとなっていたが、1年延長された。
補助金打ち切り後、自動車の販売は減少している。耐久財の消費は「3年は停滞する可能性がある」との説もある。
今後、化学品の出荷の減少が懸念される。
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石化・基礎化学品分野では、上記のほか、中国の需要が堅調なことの影響が大きい。
前回述べた通り、中国のバブル崩壊はなかったが、これは中国の一党独裁による Beijing Consensus でのパッチ当てによるものであり、問題は抱えたままである。
下図はMETIの石化の需給予測だが、エチレン換算でみると、中国や中東の能力が今後も増加するのに対し、METIの楽観的な予測(中国のみで2008年から2014年までの間に11.7百万㌧の需要増)でも2008年の世界の供給量は2014年の需要を既に上回っている。中国の農村部の所得水準、今後の輸出の動向など考えると、中国の需要が今後も引き続き伸びるとは思えない。
サウジなどでは既に高機能グレードも生産し始めており、今のような外需依存を続けられなくなる。
中国向け輸出に依存する台湾は、中国との間で中台経済協力枠組み協定を締結、来年以降、関税を段階的に引下げ、2013年1月までにゼロ関税を実現する。台湾製品は石油化学製品を含め、中国の内国扱いとなる。
2010/8/20 台湾、中台経済協力枠組み協定(ECFA)を承認、9月発効へ
韓国はEUや米国と自由貿易協定(FTA)を締結した。今後、自動車や家電などの輸出で、FTAで出遅れている日本企業より有利な立場に立つ。
2010/10/12 韓国とEU、自由貿易協定締結
2010/12/4 韓米自由貿易協定(FTA)追加交渉が妥結
日本はTPP(環太平洋パートナーシップ協定)の協議を開始する決めたが、農業問題が障害となり、これに参加できるかどうか、疑問である。
台湾や韓国にFTAで差をつけられ、コスト競争力のない石化製品の輸出だけでなく、自動車や家電の輸出用の原料出荷でも減少の恐れがある。
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これまでの「回顧と展望」では、海外企業がリストラを行っているのに対し、日本の石化の体制が旧態のままであるとした。
2007/12/26 | 2007年 回顧と展望 「ガラパゴス鎖国」論 | |
2008/12/25 | 2008年の回顧と展望 「終りの始まり」 |
中国のバブル崩壊は予想が外れたが、それ以外についてはこれまでの主張が今も当てはまる。
日本のエチレンの能力は昨年末で800万トン(定修スキップベース)だが、需要が落ち込む前の国内出荷は約500万トンで、輸出がないとすれば、300万トン、能力の37.5%が過剰となる計算である。さらに需要が減り、輸入が増大する可能性がある。
日本のエチレンセンターは京葉エチレンを入れて14あり、三菱化学四日市の停止以降は変わっていない。1センター当たりの平均能力は定修なしベースで573千トンで、大半が400~600千トン台が中心である。
今後輸出が激減するとすれば、能力が300万トン余剰となり、5つほどのセンターが不要となる計算である。
(本来は小規模プラントをスクラップし、100万トンクラス5基程度にするのがベストだが、投資は正当化されない)
この10年で世界の石油化学の状況は様変わりとなった。
・ | 中国のエチレンは21のコンビナート、合計能力1364万トン(2009年末)となり、うち100万トン以上が4つ、60~100万トンが10となった。 |
・ | 中東では多くの設備が完成、今も増強を続けている。 SABICは欧州進出とGEプラスチック買収による高機能プラスチックへの進出を果たし、クウェートやアブダビも海外に進出している。 |
・ | 欧米の大企業は原料価格の変動に左右されやすい石化からの離脱を図っている。ダウはAsset Light戦略で石化を維持しつつもJV化で負担を減らした。ダウとBASFはかつては主力事業であったスチレン系事業を放出した。 |
・ | これらから汎用石化を買収した新興勢力のLyondellBasellやIneosは、買収を借入金で行ったため、グローバルな金融危機では挫折したが、その後、持ち直した。LyondellBasellは再上場を果たした。 |
このなかで、日本のエチレンの状況は25年も前の産構法時代とほとんど変わらない。
(センターの数では、三菱化学四日市が閉鎖されたが、京葉エチレンが加わり、変わっていない)
将にガラパゴス状況であり、ガラパゴスが観光客の流入や外来植物の流入で「危機遺産」リストに掲載されたのと同様、今後は輸入品のために危機に瀕することとなる。
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出光興産と三井化学は4月1日、「千葉地区における生産最適化」の第1ステップとして両社のエチレンの運営統合を発表した。
4月1日付けで両社折半出資で「千葉ケミカル製造有限責任事業組合」(LLP)を設立した。
2010/4/3 出光興産と三井化学、千葉のエチレン統合
三菱ケミカルホールディングスと旭化成は5月31日、三菱化学と旭化成ケミカルズの水島地区エチレンセンターの統合について発表した。折半出資の会社を設立、エチレンプラントを移すもので、営業開始は2011年4月1日となる。
2010/6/2 三菱化学と旭化成、水島地区エチレンセンター統合の共同出資会社の設立
2センターを統合し、エチレンプラントを1つ潰すなら効果は大きいが、いずれのケースも単に統合するだけで、若干のコスト低減はあっても、効果は少ない。
報道では、後者の場合、当初は今年4月に事業統合し、3年後をメドに2基のうち1基を停止・廃棄する考えだったが、どちらの設備を止めるかで交渉が難航し、一時は破談の危機を迎えた。今回、設備能力削減については将来の需要をみて統合会社で柔軟に判断するとの方針に転換、1年遅れで合意にこぎ着けた、という。
以前にも書いたが、日本の場合、従業員の解雇ができないというのが、大きなネックとなっている。
海外の企業の場合、ある工場が採算が取れなくなると、従業員を解雇して工場を閉鎖するのが簡単に出来る。
日本の場合、会社として雇用しており、解雇が簡単にはできない。
「日本をダメにした10の裁判」では第一に解雇権濫用法理を挙げている。
東洋酸素事件の東京高裁判決(1979)では整理解雇の要件は以下の通り。
・事業部門を閉鎖することが企業の合理的運営上やむを得ない場合であること
・従業員を他の事業部門の同一又は類似職種に充当する余地がないこと
・具体的な解雇対象者の選定が客観的、合理的な基準に基づくものであること
その後の判例では「労働組合との協議」が条件に加えられた。
具体的には、このままでは倒産もありうるというような状況でないと、解雇が認められない。
このため、新規部門など、他の部門に転用するしかないが、石化の場合、誘導品や用役、工務、物流、営業、管理等を含めると、1つのセンターに関連する従業員は1000名近くになる。
このような多数の転用は難しく、やむを得ず工場を動かしているというのが実情である。
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三菱ケミカルHDは12月8日、新中期経営計画を発表した。
2025年のありたい姿を「KAITEKIを実現するカンパニーでありたい」とし、事業ポートフォリオを事業の収益性、市場における優位性、市場の魅力度により選定した。
「創造事業」は、有機太陽電池/部材、有機光半導体、高機能新素材、次世代アグリビジネス、ヘルスケアソリューション、サステイナブルリソースの6事業、
「成長事業」を機能商品分野、ヘルスケア分野、素材分野の11事業、
「基幹・中堅事業」を記録メディア、高機能フィルム、食品機能材、コークスなどと、石化製品ではPTA、PC、PPなどの18事業とした。エチレンクラッカーなど15事業は「再編・再構築事業」としている。
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各社とも、景気変動を受け難い分野、今後の成長分野には注力はしている。
しかし、各社とも石化への経営資源投入を続けたままで、かつ、多くの成長分野に分散投資をしており、欧米企業のように石化売却資金による新分野の企業買収で一挙に一定のシェアを確保するような戦略は取っていない。
他の業界からも含め、同一分野に多くの企業が参入を図っている。
このため、これらの新分野でも、石化の場合と同様、小規模・多数企業の乱立ということに成りかねない。
これに対し、韓国のLG Chemは電気自動車用バッテリーに集中投資を行い、GM、フォード、現代・起亜車、電気自動車メーカーのCT&T、 米国の自動車用部品メーカーのEaton Corporation、中国の長安汽車、スウェーデンのボルボなどと一気に納入契約を締結した。
以前にも書いたが、エレクトロニクスなどの新分野は以下の問題を内包しており、リスクは大きい。
・化学以外の他の業界からも殺到するため、過当競争となる。
・需要家自体が材料分野に進出する可能性も強い。
・需要分野の進展が急で、新製品・新製法の開発により折角投資した材料の需要が急になくなる可能性がある。
・供給先が競争に敗れ撤退する可能性(他社に供給できればよいが・・・)
シャープは三重県が補助金90億円を出した第一工場の液晶パネル生産を停止、設備を中国に売却した。
半導体で世界第3位の東芝はシステムLSIから撤退、サムスンに生産委託する。
・新製法等での安価な競合材料の出現
・需要自体がバブルである可能性
(以前の光ファイバーの例)
伊丹敬之・東京理科大学教授は、日本の産業が化学化しつつあるとする。
産業の中心科学が物理学から化学へとシフトしており、多くの化学素材が様々な消費財や産業財の中で、必須の部分として使われている。各産業の化学への依存性の高まりを考えれば、日本のイノベーションと国際競争力を担うのは化学産業となる。
しかし、化学産業自体は引き続き産業レベル、企業レベルでの問題を抱えており、イノベーションを担うのが化学企業となるかどうかは別の問題であると指摘している。
2010/5/6 「化学ビジョン研究会」報告書
エチレンセンターの問題に手を付けなければ共倒れとなり、新成長分野も他の業種に委ねることにも成りかねない。
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本年はこれで終わりです。
ご愛読ありがとうございました。1714回になりました。
来年は1月3日からです。(大きなテーマがあれば随時掲載します。)
目次、項目別目次
http://kaznak.web.infoseek.co.jp/blog/zenpan-1.htmにあります。
各記事の「その後」については、上記目次から入るバックナンバーに付記します。
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