映画 The Informant を見た。
New York Times のKurt Eichenwald が関係者から取材して書いたノンフィクション The Informant の映画化。
1992年、アメリカの穀物メジャーのArcher Daniels Midland(ADM)のBioProducts Division事業部長のMark Whitacre(演じるのはMatt Damon)は飼料添加物リジンの生産がうまくいかず、上司に責められる。
競争相手のAjinomotoの社員から同社がスパイを送り込み、ウイルスを入れたとの電話があり、情報代を要求される。会社はFBIに依頼し、FBIは彼の自宅の電話に盗聴器をつける。
Mark は妻(演じるのはMelanie Lynskey)から本当のことをFBI捜査官(同 Scott Bakula)に言えと脅され、Andreas副会長主導の日米韓メーカーによるカルテルの存在を伝える。
FBIは米国での会合を秘密に撮影、Markにテープレコーダーで世界各地での会合での会話を録音させた。
Markの2年半に及ぶ 「“007”の2倍賢い諜報員 “0014”」と自賛する大活躍で、証拠が揃い、1995年に強制捜査が入る。
Mark は悪をあばいた英雄として社長になれると思ったが・・・
次々と明らかになるMarkの嘘に、FBIは右往左往。
全くの作り話のように思えるためか、Kurt Eichenwald の原作のサブタイトルはA True Story となっている。
映画でも、Archer Daniels Midland(ADM)やAjinomoto、韓国のSewon やCheil などの社名や、ADMのMark Whitacre、Dwayne Andreas会長、その息子のMichael Andreas副会長、AjinomotoのMr.Mimoto(有罪となっている)など、全て実名で出てくる。
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リジンカルテル事件は独禁法の歴史に残る事件である。
リジンはアミノ酸で重要な飼料添加物である。バイオテクノロジーで生産される。
1980年代後半には味の素、協和発酵、韓国のSewonの3社が世界の生産の95%を占めていた。(味の素が60%)
ADMは原料のdextroseの大メーカーで、1991年にリジン生産に進出し、急激にシェアを伸ばした。
同年、韓国のCheil Jedang(第一精糖)も生産を開始した。
(Sewon はその後、Miwon Foodsと合併し、Desang Corporationとなった)
その結果、価格は大幅に下落し、コスト割れとなった。
1992年4月にADMは味の素、協和発酵と会い、"amino acids trade association"をつくり、その後、韓国のSewonとCheil Jedang(現在のCJ)が参加、価格や生産量、販売シェアを話し合った。
ADMは映画の中でも同社のモットーを明らかにしている。
"The competitors are our friends, and the customers are our enemies"
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実際には、その前の1990年に日本と韓国メーカーの間でカルテルは始まっている。
カルテルの詳細な経緯は競争政策研究センター(CPRC)の報告
「リーニエンシー制度の経済分析」のP.52「ケーススタディ:欧州リジン事件」に記載されている。
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1992年11月にADMのMark Whitacre がFBIのInformantとなった。
1995年6月、ADMに強制捜査が入った。
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2000年4月、米ワシントンのホテルで、リジンカルテルの現場をFBIが隠し撮りし米司法省が編集した衝撃のビデオが公開された。
米法曹協会の定期会合の場で「カルテル行為の内情」と題した講義が追加され、ビデオが流された。字幕が付いており、どの社の誰が何を喋ったのか、すべて分かる。
ビデオを解説したテキストは、以下の言葉で締めくくられている。
「(法律家である)あなた方にこのビデオとテキストを役立ててほしい。まず顧客企業がカルテルに関わるのを思いとどまらせるために、そして、防止できなかった場合は違法行為を発見するために」。
日経BP (2000/6/21) 「FBIが隠し撮り--暴かれた味の素/協和発酵らの謀議」
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1996年に、各社は罪を認めた。
ADMは司法取引で、70百万ドルの罰金を支払った。(同時に判明したクエン酸事件の30百万ドルを加え、合計100百万ドル)
Michael Andreas副会長とMark の直接の上司のTerrance Wilson は罰金と3年の懲役となった。
また、これが契機となって、ADMは異性化糖に関する集団訴訟で400百万ドルを支払っている。
ADMの合計100百万ドルの罰金は、過去最高の7倍にもなる。
味の素と協和発酵、及びSewonは司法取引に応じて情報を提供し、各社と各社の役員各1名が罰金を払った。
ADMと味の素、協和発酵の3社は需要家からの民事訴訟で、それぞれ、25百万ドル、10百万ドル、10百万ドルの支払いに応じている。
(これについては賠償額が少なすぎるとして、その後議論となっている)
この調査で、司法当局はカルテルが考えていたよりも広く行われていることを知り、その結果、ビタミンカルテル、ファックス用紙カルテル、黒鉛電極カルテルなどの摘発につながった。
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(クエン酸カルテルに関するHoffman-LaRocheなどの調査でビタミンカルテルの存在が分かった。)日本企業はビタミンカルテルでは武田薬品、エーザイ、第一工業製薬が摘発されている。
黒鉛電極では昭和電工、東海カーボン、日本カーボン、SECカーボンに加え、UCAR International に50%出資していた三菱商事も摘発された。
主人公のWhitacre はADMの調査で900万ドルの横領がばれ、情報提供による訴追免除を失い、8年半服役した。
(ADMはこれを理由にカルテル事件の揉み消しを図った。原作の大きな部分がこの問題に割かれている。)
彼は現在はバイオテクノロジー企業のCypress SystemsのCEOとなっている。
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付記
Whitacreは刑期途中で特赦を申請し、FBI捜査官たちも司法省に要請した。
2001年1月、Clinton大統領は退任に当たり、176人に恩赦を実施した(特赦140人、減刑36人)。
この中に脱税などの容疑がかけられ逮捕直前に国外逃亡していた実業家 Marc Rich (スイスのGlencoreの設立者)が含まれている(彼の元の妻が民主党に総額100万ドル以上の献金を行っている)。
しかし、Whitacreはこの特赦の対象から除外された。
Clinton大統領は退任直前に、Dwayne Andreas 元AMD会長を褒め称え、彼の「多くの親切」に対して感謝した。
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リジンカルテルはカナダとEUでも摘発された。
カナダではAMDが罰金1600万加ドル(リジン価格カルテル 900万、同市場分割 500万、クエン酸 200万加ドル)、味の素が罰金350万加ドル、Sewonが7万加ドルとなり、協和発酵は捜査協力で訴追免除、Cheilは販売がなく、不起訴となった。
EUでは1996年にLeniency Programが導入されたが、本事件はその適用の第1号となった。
1995年6月に米国で強制捜査が開始されたが、翌1996年7月、EU でLeniency Program が導入された直後に味の素が情報を提供し、適用を申請した。
欧州委員会は、一連の価格協定等の行為を同一の反競争的な目的を目指して共通の全体計画の文脈で行われた単一の継続的な違反とし、EC 設立条約第81条違反と認定した。
制裁金は以下の通りとなった。(千ユーロ)
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味の素 |
ADM |
協和発酵 |
Sewon |
Cheil |
算定開始額*1 |
|
30,000 |
|
30,000 |
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15,000 |
|
15,000 |
|
15,000 |
重大性(行為年数3~5 年) 年10%増 |
+40% |
+12,000 |
+30% |
+9,000 |
+40% |
+ 6,000 |
+40% |
+ 6,000 |
+30% |
+ 4,500 |
違反主導的役割 50%増 |
+50% |
+21,000 |
+50% |
+19,500 |
|
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|
|
|
専ら受身な役割行為 年数加算を20%減 |
|
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|
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|
6000x (-20%) |
- 1,200 |
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|
当局介入直後に違反を終了 |
-10% |
- 6,300 |
-10% |
- 5,850 |
-10% |
- 2,100 |
-10% |
- 1,980 |
-10% |
- 9,150 |
Leniency Program*2 |
-50% |
-28,400 |
-10% |
-5,350 |
-30% |
-5,700 |
-50% |
-8,920 |
-30% |
-5,350 |
合計 |
|
28,300 |
|
47,300 |
|
13,200 |
|
8,900 |
|
12,200 |
旧制度での想定制裁金*3 |
|
(13,500) |
|
(7,380) |
|
(2,880) |
|
(2,700) |
|
(3,060) |
*1 企業規模により、味の素・ADM とそれ以外の2グループに分けた。
*2 Leniency Program 適用は以下による。
味の素(-50%):決定情報を提供したが、以下の理由で100%減額は適用されなかった。
・ADM参入前のカルテルについて情報提供なし
・米国での捜索時に欧州や日本の書類破棄を指示
・カルテルで主導的役割
ADM(-10%):調査に協力せず。但し事実関係について争わないとした。
協和発酵(-30%):提出証拠は決定的なものでなく、非自発的
Sewon(-50%):十分な証拠を出したが、調査開始後で、委員会の要求に応じた協力(非自発的)
Cheil(-30%):提出証拠は決定的なものでなく、非自発的
*3 旧制度での想定制裁金は リジン年間売上高 x 3年 x 6%
目次、項目別目次
http://kaznak.web.infoseek.co.jp/blog/zenpan-1.htmにあります。
各記事の「その後」については、上記目次から入るバックナンバーに付記します。
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