BrexitでEUが揺れるなか、経済不振に悩む南欧の各国に対する EU当局の対応が新たな混乱の火種となり、ギリシャ危機のような事態を招く可能性や、各国でEU離脱派が勢力を強める可能性がある。
一つはイタリアの銀行の不良債権問題で、もう一つはスペインとポルトガルのEU財政規律違反問題である。
財政ルールの徹底を求めるドイツなどと、柔軟な運用を唱える南欧勢の対立が深まる懸念がある。
IMFは7月8日、ユーロ圏19カ国の実質GDPの見通しを下方修正した。景気の悪化はこれらの問題の解決をさらに難しくする。
2015年は1.7%であったが、Brexit 問題が響き、2016年は1.6%、2017年は1.4%になると予測した。
英国とEUの交渉が長引いた場合には、経済への影響がさらに大きくなる可能性もあると説明している。
1) イタリア
不良債権を大量に抱えるイタリアの銀行が資本不足に陥るのではないかとの懸念が強まっている。
イタリア大手銀行のBanca Monte dei Paschi di Siena(Monte Paschi)は7月4日、欧州中央銀行(ECB)から不良債権比率を下げるように求める書簡を受け取ったと発表した。
不良債権の総額を昨年の469億ユーロから2018年までに約30%削減するように求められた。
イタリアの銀行は不良債権を多く抱えており、2015年9月時点の融資に占める不良債権比率は16.9%で、フランス(4.2%)、ドイツ(3.2%)、EU平均(5.9%) を 大きく上回る。
Monte Paschi の不良債権は2015年末で42%で、イタリア国内で最悪となっている。
Monte Paschi が自力で資金を調達するのは難しく、政府は公的資金注入による救済の検討を始めたが、EUが定めた銀行再建ルールが障碍となる。
金融危機を受け、EUでユーロを使う国々は各国でばらばらだった金融行政を一元化する「銀行同盟」を進めた。
銀行の破綻処理のルールも1月から施行し、まず銀行の債券などを持つ投資家に一定の割合の損失を負わせることにし、公的資金の利用を制限する仕組みにした。
しかし、イタリアでは銀行の債権者に個人投資家も多いため(個人が銀行債を預金に近い感覚で購入している)、このルールを適用すれば反発を招くおそれがある。
このため、イタリアがEUで決めた銀行救済の新ルールに従わないのではないかとの見方が浮上し、市場は支援をめぐって混乱するおそれがあると警戒を強めている。
Bloombergは6月末、伊政府が一部の銀行に最大400億ユーロの支援を検討していると報じた。
Financial Timesは7月4日、イタリアがEUルールを無視して銀行救済に乗り出す準備をしていると報道し、始めたばかりのルールに例外を認めれば、ユーロ圏の金融行政をめぐる信頼が損なわれかねないとの懸念があると伝えた。
イタリア では10月に憲法改正案の国民投票がある。最新の世論調査では大差で否決されるとの見通しとなっている。
改正案の内容は、上院を地方議会の代表と位置づけ、定数を大幅に削減し、立法権限を制限するもの。
上下両院による立法権限がほぼ同等のイタリアでは、選挙制度の違いもあり、しばしば両院で多数派が食い違う"ねじれ"が発生し、政権発足の難航や政権運営の停滞を招いてきた。これを修正しようという狙いがある。
レンツィ首相は憲法改正案が10月の国民投票で否決された場合、辞任すると表明しており、 この時点で預金者の反発を生む措置は避けたい。
イタリア政府は欧州委員会に特例を求めているが、欧州委やドイツは、導入したばかりのルールを破ることに難色を示している。
協議が難航すれば、欧州発の金融不安が再燃する懸念がある。
付記
IMFは7月11日、イタリアの年次審査報告をまとめ「銀行の不良債権処理へ、債務再編や監督の強化を支援する」と一段の金融改革を促した。
リポートでは、不良債権の4分の3は企業向けの貸し出しで、とりわけ小規模事業者の小口融資が多いと分析。倒産法制の整備や私的整理による債務再編が欠かせないと強調した。
イタリアでは多額の銀行債を保有する個人投資家の損失負担に懸念が強まっているが、IMFは「適切に対処すべきだ」と指摘するにとどめた。
2)スペイン、ポルトガル
欧州委員会は7月7日、財政再建の努力を怠っているとして、スペインとポルトガルに制裁を科すよう勧告した。
7月12日に開くEU財務相理事会が勧告に賛同すれば、欧州委は罰金などの具体的な制裁内容を決める手続きに入る。
景気への配慮などから緩やかな内容になる公算が大きい。
EUは各年度の財政赤字をGDPの3%未満 (及び景気循環・一時的要因の影響を除いた「構造的財政赤字」を1%以下)に抑える財政ルールを設けており、財政再建への取り組みが不十分なユーロ圏加盟国に対しては罰金を科すことが出来る。
財政安定化・成長協定は1997年に採択されたが、ドイツとフランスは、2002年以降3年連続で違反を続け、罰金の適用も停止させた。
フランスとドイツの圧力を受け、2005年3月の欧州理事会で見直しが行われ、財政赤字規律の条件を超えても、「小幅かつ一時的」な場合、経済成長がマイナスであれば過剰財政赤字とはみなされないことになった。
単年度赤字発行 3%、累積公債発行残高 60% という上限は残されたものの、ある国に対して債務が基準を超過していることを通告するにあたって、景気にあわせた財政動向、債務水準、景気低迷の期間、赤字発行による生産性向上の可能性といった指標を用いることが認められた。
その後、フランスとドイツは別々の道をたどる。
ドイツは経済改革を急速に進めることで対応し、現在では経常黒字になっている。
それとは対照的にフランスは1970年代から財政黒字を計上していない。2015年の財政赤字は3.5%である。
EU財務相会議は2013年、フランスが財政赤字の対GDP比率を3%以内とする期限を2015年まで2年延期することで合意した。
フランス政府は、これを3年先延ばしにし、2018年とするよう要請した。
これを受け、EU財務相は3月10日の理事会で、財政再建の達成期限の2年延長(2017年まで)を承認した。
2000年以降でフランスが基準を達したのは2006年と07年の2回だけ。
フランスの期限延長は2009年以降3度目となり、EU財政規律の信頼性を損ねかねないとして懸念の声が上がっている。
2015/3/23 ギリシャ問題 混迷が続く
ギリシャ問題は、当初の規律を厳密に実行しなかったためであるとの見方が強い。
債務危機後に再度の見直しが行われた。
「構造的財政赤字」はGDPの0.5%以下とし、憲法などに明記する。
目標未達の場合、達成までの期間、毎年GDPの0.5%規模の緊縮策を実施。
各国の予算案を欧州委が審査。
財政赤字がGDPの3%以上の場合、「過剰財政赤字手続き(EDP)」に入り、毎年GDPの0.5%の緊縮策を実施する。
目標に向かって十分に取り組まない場合、迅速に罰金を課す。
2016年5月にEUは Cyprus、Ireland、Slovenia の3国の財政赤字がGDPの3%未満となったため、過剰財政赤字手続き(EDP)から除くよう勧告した。
これにより、現時点ではFrance、Greece、Portugal、Spainのユーロ圏4国とユーロ圏外のCroatia、UK の合計 6カ国がEDPに残っている。
2016年4月21日のEU発表では各国の財政赤字は次のとおり。
今回、 スペインとポルトガルに対する制裁勧告を行ったが、その理由は次のとおり。
(1) Spain
欧州委員会は2009年4月、スペインが過度の赤字であると認定し、2012年までに是正するよう勧告した。
2009年12月、2012年7月、2013年6月にも勧告し、期限をそれぞれ2013年、2014年、2016年に延長した。
2014年の財政赤字はGDPの5.9%、2015年は5.1%であった。
予測では、2016年は3.9%、2017年は3.1%で、2016年までに是正できない。
さらに、構造的赤字は2016年に0.2%増加し、2017年には0.1%増加する。
この結果、勧告に対する実効ある行動をとらなかったと見做す。
(2) Portugal
欧州委員会は2009年12月、ポルトガルが過度の赤字であると認定し、2013年までに是正するよう勧告した。
2012年10月、期限を2014年に延長した。
2013年6月に再勧告を行い、遅くとも2015年までに是正を求めた。
2015年の赤字はGDPの4.4%であり、目標の3%を超えた。
この結果、勧告に対する実効ある行動をとらなかったと見做す。
付記
EUの財務相理事会は7月12日、制裁を科す方針で合意した。
具体的な内容は、欧州委員会が今後20日以内にまとめるが、最大でGDPの0.2%に当たる額の罰金が科される可能性がある。
付記
欧州委員会は7月27日、スペインとポルトガルに対する罰金を科さず、規律達成期限を延長することを提案した。
「スペインとポルトガルがこれまでに実施した取り組みや現在の厳しい環境などを踏まえ、欧州委はこの日の会合で罰金の取り消しを提案することで合意した。」
欧州では経済成長が足踏み状態にあるなかで反EU感情が高まっており、制裁措置の発動に消極的になっていると見られる。
欧州委はスペインとポルトガルに財政ルールを達成するよう求める期限も延長。スペインは現行の2016年から2018年まで2年間、ポルトガルは現行の2015年から2016年まで1年間延ばすよう提案した。
財政ルール違反に対する制裁のもうひとつの手段であるEUから両国への補助金の支給停止については、欧州議会との合意が必要になるとの理由から、判断を秋以降に先送りした。
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フランスについては、財政赤字の対GDP比率を3%以内とする期限は2013年であったが、上記の通り、2013年に2年延長して2015年までとし、さらに2015年には2年延長して2017年までとしている。
フランス政府は7月6日、2017年の財政赤字を上限の3%以内に収める目標の達成を断念しないと述べた。政府の見通しでは、2016年の財政赤字比率は3.3%、2017年は2.7%となっている。
ただ、独立監査機関は前週、来年の財政赤字が目標を超えるという「高いリスク」があるとの見方を示した。
フランスが目標達成できない場合、欧州委員会はフランスから罰金を取るだろうか?
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ユーロ圏EUの根本的な問題点は、経済力の弱い国から経済対策としての通貨切り下げや金利率変更の手段を奪いながら、経済力の違いを是正する仕組みがないことである。
それにもかかわらず経済規律を強制すれば、それらの国の経済は更に悪化する。
各国でEU離脱派が勢力を強める可能性がある。
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